2018年1月27日土曜日

美女と花粉

本シリーズの1クール目は科学犯罪とコジラセ中年な犯人像という事でしっかりとグロテスクしていてわかりやすい近代特撮のモダンさをたもっているのだが2クール目にいたると犯人像からしてからがまずくずれはじめる。若者やら女性やらフツージンがめだってくるのだ。またシリーズ自体グロテスクさショッキングさというよりそのトーンその物が終末感をおびて何やらポストモダン化してってる気がする。犯人というより世界その物がくるいはじめた結果ごく普通の人間が加害者被害者の区別なくな犯人像と化してしまってる。ちょうどそのかんじはというと東宝の日本沈没とノストラダムスの大予言とのちがいといってしまったりする。そうすさまじいスケールでそう環境が汚染されまくってしまってる。呪いの壺の空からふりそそぐリュート物質のシーンはsst空中爆発の熱線シーンをおもわせるし。霧の童話にしても京都買いますにしてもハンパない汚染きわまっての終末風景で。あの作品のあの悪夢の終末いや終末の悪夢と同質だし。24年目の復讐かまいたち幻の死神死者がささやくにでてくる海や川は直接的描写こそないがしっかり汚染されてる気がするし。こうもり男と果てしなき暴走はスクラップ汚染とスモッグ地獄だし。トドメは本作。犯人の女はなぜ無差別にころすのか。くるってしまってるとしかおもえない。くるってしまってるといえば当の熱帯植物こみなのである。本来は毒性もなくのどかに熱帯で自生していたはずなのに。それが大都会に移植された事によってその花粉がマニュキュアと反応する事態になってしまった。アルコール成分配合加工製品あふれる大都会では今後爆発的に同様の事件がおこる。きっとおこる。もちこまれてはならない物がもちこまれてしまったのだ。グローバル時代ますますます脅威。皮肉というにはあまりにもな絶望感だし今日にもおよぶスケールだ。正にあのマタンゴのラストをおもわせる。怪奇大作戦。ルーツをおなじくする東宝。変身人間シリーズ。だからかその終局もおなじ位のその絶望感この筆者の小心を大スケールでおそう。

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