2026年4月16日木曜日

違い

クッキーデータとキャッシュファイルと言うよりはキャッシュデータとクッキーファイルと言う方が馴染む。このブログでは少しづつネット系の書き込みを増やし映画のレビューはフィルマークスに特化しています。なぜならネットと取り巻くシステムは現代の映画システムそのものと言えそうだからです。映画も作品もですが初期の映画を調べていると作品よりも成り立っていた機構そのものが興味深かったので。

2026年3月15日日曜日

70年代ゴジラ

博士側の悲劇がライダー1号とかライダーマンっぽい。それに協力するのも秘密機関だし。正義も巨大政府防衛軍偏重ではなく侵略者への個人的私怨が結果的に地球をまもった形にすぎない。いかにも70年代のゴジラらしい。女アンドロイドのコスチュームも戦闘ヒロインしててジェットジャガーの巨大ロボブーム感とともに時代サキドリ。

2026年3月13日金曜日

リアルジャパニーズフィルムノワール

昭和20年代の邦画にはまだ生々しい焼け跡が映り込み。廃墟の東京をエノケンがゴミ山に攀じ登り片岡知恵蔵が都心でスポーツカーを疾走させた。もうそれは早すぎた仁義なき戦い。リアルジャパニーズフィルムノワール。もしアメリカが日本に爆撃され占領され西部劇が禁止されていたら。ニューヨークの焼け跡で現代西部劇そうどれ程のリアルフィルムノワールが作られただろうかとつい想像してしまう。

2025年11月24日月曜日

日常

本ブログでのアドセンスによるアフィリエイト収入だが。ポイ活でのポイントのように微々たるものにしかなっていない。だが。本ブログは自分のアイデンティティそのもの。代表コンテンツには違いない。ので。大切に育てている。すさまじく成長ののろいペットのようにいとおしい。あとポイニューやポン太でのポイ活もやっているが。ポイニューはジジババが朝夕就寝前にテレビニュースを愉しむようにしてポイントを貯め。ポン太は脳活ゲームとかクジとかで。やはりジジババのデイサービスアトラクションのように愉しんでポイントを貯めている。

2025年11月19日水曜日

日常

アマプラ代金600ポイニューポイント100充当で500に

2025年11月7日金曜日

最後の猿の惑星1973

続猿の惑星とネガポジの関係。あっちが田舎ホラーなら。こっちはウォーリアーズとかウエストサイド物語のような田園都市トライバル群像劇。前作もどこかシーザーの青春猿成長物語でソンビ79のようで80年代インディペンデントを先取りしたような硬質の風合いだったが。今作は息子コーネリアスの哀しい青春が描かれていて。風合いはやはり80年代を先取りしている。なぜかと考えた。たぶんまれにみる低予算の中で監督はじめスタッフプロデュース陣がまれにみる2025/11/06 23:52 続猿の惑星とネガポジの関係。あっちが田舎ホラーなら。こっちはウォーリアーズとかウエストサイド物語のような田園都市トライバル不良グループ群像劇。前作征服はどこかシーザーの青春猿成長物語のようでソンビ79のようで80年代インディペンデントを先取りしたような硬質の風合いだったが。今作は息子コーネリアスの哀しい孤独な青春が描かれていて前作以上に胸にせまる。というか身近にかんじる。そ。れ。は。猿を黒人となぞらえ同時代の黒人闘争としてしまったんでは興味半減だからである。やはり猿は日本人のなぞらえとかんがえるべし。アジア煽動という子育てに失敗した。そうすることで前作のロボトミー的胸糞さや今作のヒロシマナガサキをおもわせるニューヨークの廃墟その胸糞さがガゼン存在感をます。

2025年11月4日火曜日

続猿の惑星1970

猿惑シリーズ2作目にしてスピンオフが先に来てここに挟まった感じでシリーズ最大の異色蛇足作。サイコのように主演がいきなり退場するイビツさ。妙なシリーズ構造。悪夢のような本作はこの後に書き換えられ最悪が回避され正史に戻る。いかにも時代遅れな50年代sf風もしくは地底人達が悪魔の追跡のカルト教団かレザーフェイス一家のように見える田舎ホラー。前作の冷戦下の旧ハリウッドテイストはなくなっている。モダンなロメロゾンビ風アクション後期三部の正編シリーズが次作から始まるのだ。そのどっちにもつかずで猿惑シリーズ2作目にしてスピンオフが先に来てここに挟まった感じでシリーズ最大の異色蛇足作。サイコのように主演陣がいきなり退場するイビツさ。ジーラ夫妻も途中退場。とにかく妙。悪夢のような本作はこの後に書き換えられ最悪が回避され正史に戻る。いかにも時代遅れな50年代sf風もしくは地底人達が悪魔の追跡のカルト教団かレザーフェイス一家のように見える田舎ホラー。前作の冷戦下の旧ハリウッドテイストはなくなっている。モダンなロメロゾンビアクション風の後期シーザー三部作の正編シリーズが次作から始まるのだ。そのどっちにもつかずで前期テイラー二部作の特にこの続のトンデモさはぶっ飛んでいる。とかくパート2物は超名作かトンデモ作にわかれがち。あのゴッドファーザー2も名作としかされないが一歩まちがうとトンデモ作だ。本作に前作のような娯楽sf大作性は皆無で。70年代イギリスハマープロダクションなエログロ怪奇映画テイストに成り下がっている。でもそこが愛らしい。大宇宙を荒廃した場末のアメリカ田舎ロードサイドと見立てた点では悪魔のいけにえと双璧の田舎ホラーさ。村外れの旧中心市街部の禁制地帯は正に幻覚を操る狼の出る砂漠だが中世の暗黒の魔法の森という感じで描かれている。田舎ホラーとして見た時この逆転が非常に面白い。たしかに現在。中南米の山中。小型原爆で武装した宗教系テロリストグループとか。有っても不思議ない。このポスト冷戦を見越した先見性。の特にこの続のトンデモさはぶっ飛んでいる。とかくパート2物は超名作かトンデモ作にわかれがち。あのゴッドファーザー2も名作としかされないが一歩まちがうとトンデモ作だ。本作に前作のような娯楽sf大作性は皆無で。70年代イギリスハマープロダクションなエログロ怪奇映画テイストに成り下がっている。でもそこが愛らしい。宇宙を荒廃したアメリカ田舎ロードサイドと見立てた点では悪魔のいけにえと双璧の田舎ホラーさ。

2025年10月30日木曜日

エイリアン(1979年製作の映画)

暗黒宇宙の果て。機器は常にどこかが不具合。世界ソノモノが呪われているようなクトゥルー感。汚れアシンメトリーな構図。富裕層は次々とリゾート惑星を開発ツアー割引クーポン恩恵。採掘はロボット化されたけど資材の輸送と積み下ろしのオペレーションは最後まで人力。そんな底賃金下層な底辺炭鉱宇宙トラック野郎達の恐怖体験物語。その恐怖体験も中南米や南極界隈でイカニモ遭遇しそうな原住民風土病な寄生虫感染症その宇宙版。あくまでも時代劇四谷怪談な闇江戸情緒を楽しむように逆勧善懲悪の単純さを味わおう。兇状持エイリアンその悪の魅力の完璧ぶりをタップリ見よ。隠密アッシュのイヤラシサ。時代劇のようにアートグラフィック寄りの映画としてサウンドとヴィジュアルをメインに据えて味わおう。2001年宇宙の旅ではそうしたではないか。2001年やスターウォーズとかのシリーズでは設定の揺れ曖昧さを腐す奴はいないのに何故エイリアンだと重箱の隅をつつくのだ。やめよう。とにかく映画というよりこれはグラフィックアートなのだ。同系の傑作ウルトラセブン侵略する死者の宇宙船が空飛ぶ下水処理施設風だったようにノストロモは空飛ぶ石炭精錬施設風を思わせるフォルム。エイリアンシップはなんか出雲大社っぽいし。共に絶大にスチームパンクしてて最高。産卵場所の下水道感にいたっては悶絶もんの素晴らしさ。前半と後半の落差も魅力。動く原子炉な完全無敵生命体殺戮マシーン。確実に全登場人物を仕留めてゆく。後半のクソゲーなテレビゲーム的展開は良くも悪くも後世やシリーズ後続への影響絶大でエポック。

2025年10月6日月曜日

日常

最後の1枚が見付からないのではない。最後の1枚を見つけられないのだ。

2025年10月3日金曜日

2025年8月31日日曜日

デスパウダー日本の詩人でフォークシンガーの泉谷しげるが脚本監督1986年の低予算ホラー

大友克洋のアニメ映画アキラや塚本晋也の鉄男よりもふるく1980年代に登場した日本のサイバーパンクというサブジャンルの最初期の中核をなすものとして評価されている。とくに海外。この映画のよいところ。ふたつある。ひとつは後半の破綻っぷり。いかにもドラッグフィルムに幻覚な主観描写の連発あと曲もいい。ふたつめ。デスパウダーこれは戦前ゾンビで死者をよみがえらせる秘薬あのゾンビパウダーだと推察される。これをもちだしてきて最新にバージョンアップ。ゾンビここではアンドロイド。彼女がしぬと身体全部がゾンビパウダーになるという設定。これがぶっとんだ発想でよい。ただ楽屋落ちオフザケしないで徹底的にマジメにストレートなゾンビもの特撮にしてほしかった。全部自費にしないで円谷プロとか日活ロマンポルノとかと提携して。

2025年7月31日木曜日

地底go!go!go!

同じ上原円谷コンビでは侵略する死者と対で。宇宙人も怪獣もでてこないトンデモエピソード回。等身大セブンが一瞬でてくるだけ。あとへんな弱々ロボットもでてくるがセブンとはたたかわない。あしらわれるだけ。まるでマグマライザー主役回。サンダーバードかマイティジャックかのよう。qマンで全盛だった古参コンビその作なので自信からくる余裕の冒険心なのか。視点や哲学が異次元にいっちゃってる。なげやりにみえるほどのシュール不条理ストーリーにもみえるので。good。

2025年1月22日水曜日

ルックバック2024アニメ製作国日本

気もちは五つ星どころか六つ星。今。自分。8ページの折本漫画のフォーマットをたのしんでて。前半のあまりにもな個人的タイムリーさにびっくり。あのレシートのような4コマ漫画用紙って手づくりなんだろうか。もしあれが量産されてて普通に文房具として束で百均でもうられている世界。4コマ漫画のほうがストーリー漫画よりメジャーな世界線。巷の価値観も商業マンガ誌より学校新聞などのミニコミzineコピー本リトルプレス同人誌のほうが上な世界線。そんな荒唐無稽なグッズマテリアル系歴史改変sf作品。と。し。て。

2025年1月19日日曜日

ブロブ宇宙からの不明物体1988

怪獣映画。侵略映画。青春映画。スモールタウン映画。感染症映画。いろんなとり方ができるが。つよく印象にのこるの。やはりあのキッチンシンクの排水口にひきこまれるシーンそれとクライマックスでの下水道がらみの描写。なのでやっぱり下水道映画としたい。奴も巨大なうごくウンコっぽいし。でもわらってらんない。街全体がいつのまにか避難所生活みたいな不自由と疑心暗鬼につつまれ。人どうし泥棒かテロリストのようにおたがいをみてしまう。住民がいつのまにかなにかの実験の被験者にされている。この状況はまるで今の日常でそこらへんににたような事象だらけ。ため息。

2025年1月12日日曜日

哭悲TheSadness2021台湾

ハリウッド産に衝撃をあたえたjホラーだが最近はおなじかんじでjホラーに不気味な影響をあたえつつあるアジアンホラー。ホラーにおいてはオカルトな湿り気が重要だがタイや台湾の東南アジアホラーの蒸し暑さ。そこからかもしだされる思考停止感は確かに胸糞で癖になる臭み濃厚さ過剰さ。がある。冒頭ベッドで女の腹をまさぐる手付きからして自分にはもう衝撃だった。団地のベランダが庭状態で隣家と筒抜けなのかとおもいきや。共同通路だし。もう色々と迷宮。永遠におわらない慢性化した風土病としてのコロナ禍はいつどんな変異をするかわからない。また精神的社会不安が爆発噴出するかもしれない。夏風邪のような症状だらけの満員電車。毎日。急に豹変するのではないかという強迫観念にさらされての通勤。そんなかんじが全編にただよっている。温暖化によって世界が東南アジア化している事実現実。コロナも南方発祥だ。そのディストピア感。サバイバルへの意志。早朝五時の夕立ち。うけいれるしかないのか。こわれた環境こわれた体調。音楽的にも。チャルメラでのフリージャズはさびた錻力缶での打音をつかったようなチープすぎるymoのbgmテクノデリック期のサンプリング音楽をおもわせまがまがしい。そうした音楽も含め。後半。恋人再会へ。男の感染は普通は伏せて再会の。瞬間。幸福の絶頂から奈落へ。が普通。だが既に感染発症の予兆が。これではもりあがらない。し女がある段階で気付き葛藤するサスペンスにするには関係が単純すぎる。尺が短すぎる。親子とかならサスペンス方向でも盛り上がるのだろうが。以上のように総じて日本の90年代悪趣味サブカルの域をでていない。が90年代を今のポストコロナに照らし合わせて見えて来る限界とか可能性を考える材料にはなる。ワイヤーのアイシュッドハブノウンベターが頭の中でとまらなくなった。

2025年1月7日火曜日

通り魔の告白1969現代性犯罪暗黒篇

主人公ヤマザキの見事に仮面ライダーな70年代特撮ダークヒーロー映画。その棒読みセリフまわし石井輝男版地獄の宮崎勤とおなじ。いかにも文化系オタク障がい者でまずいい。また無気力大学生がキャンパスライフのかたわらでヒーロー活動なのも元祖スパイダーマンみたいでよい。登場人物セリフづくりがことごとくステレオタイプの紋切り型の説教調なの。まさに仮面ライダーやゴレンジャーなどの時代劇由来東映特撮をおもわせなおよい。主人公ヤマザキに錆びたナイフという日活ムードな特殊超能力をさずける女科学者。寺の木にしばられ結局ヤマザキにころされるが。その正体は実体のないマネキンで。まるで仮面ライダーxのgod総司令だったのにはシンソコ戦慄した。敵組織ショッカーに相当するのが首吊りプレイのできるバーを出先機関としてもっているセックス教団カルト。おくまったマンションの一室の本部アジトだが。妹にさそわれおとずれると。そこには赤頭巾の狼のような寝た切りの病気の姉。不気味な裸の女でこれがラスボス首領か。ベッドでシーツにくるまれハニートラップをしかけまっている。これはおそろしい。怨讐にまみれた戦前江戸の西川峰子布団部屋座敷牢監禁脳梅毒娼婦のようで。が主人公ヤマザキ見事にこれを粉砕。以下加筆。拾っただけのナイフを女がくれたと思い込み更にはその女をハリツケにして殺したとおもいこみ。けれど女はただのマネキン人形。これはヒッチコックサイコ級の異常心理描写でトンデモないやはり傑作。とすると仮面ライダーxも帰ってきたウルトラマンも主人公が既に死んでいる系で。末期の夢が自己のヒーロー化ということになる。ということでこの特撮2作もやっぱり名作。

2025年1月5日日曜日

宇宙人東京に現わる

妖星ゴラスが国連というきなくさい大組織を中心にまわる大上段にかまえたあつき科学者群像劇だとすると本作は一転まとめ役も世界会議なる仮設の正体不明のものだし科学者達もカジュアルな友人ネットワークで小津映画かよな宇宙軒などという和風バーもからみ庶民派科学者達の苦闘がなんともほほえましい。そんな舞台設定に岡本太郎の特撮キャラや的場徹の特撮セットがよくにあってて特に的場徹のそれは和風古民家から最新研究施設へのパンも不自然ではないくらい鍋や釜的な日用品的したしみやすさがある。これこそ江戸情緒か。ゴラスや世界大戦争よりもより寓話的なウルトラq宇宙指令m774につうず。

蘇州河ふたりの人魚2000中国ドイツ日本

じつは死んでいた系の成仏できない霊がみている時縛タイムループ映画。勝新の燃えつきた地図のような死んだ男が永遠に幻の女をさがすフィルムノワール。アニメ火垂るの墓の池と本作の河あと醉いどれ天使の水たまりは三大汚染映画。マーダーはタクシードライバーのトラビスビックルのような。歴史ある街によく都市伝説している幽霊で。上海やニューヨーク神戸など滅びゆく裏通りの飲み屋を訪れればスナックのママやバーのマスターに話が聴ける。彼らはゴーストライダーとよばれている。

2025年1月4日土曜日

感染列島2008年製作の映画

血の涙をながすゾンビ状態で廃墟の街に潜伏する感染者を反乱分子とし狩り出してゆく戒厳令下の自衛隊。このまま日本はなくなってしまうのか。後半そんなすさまじいパニックホラー映画となる。なんという国政の無力。まったく未知のウイルスであることが判明しそれまでの努力がすべて水泡にきす。もうこうなると感染症映画のテイさえみずから否定にかかったも同然。日沈リメイク版ばりの絶対的ノンポリティカルフィクション絶望映画。発症源病院は地方都市だからか医師看護師大半無事あと長野が無事なくらいで大都市はどうやら軒並み全滅。ラスト復興具合を見せるも北海道など地方のみ。日本限定でこの死者数。そらおそろしいほどの政治のえがかれなさ無力さはホラーとしかいいようがない。次パンデミックこそ現実はまったく逆の痛快希望ポリティカルフィクションの方に振り切れて欲しいものだ。

2024年12月31日火曜日

霧笛が俺を呼んでいる1960

第三の男の翻案というだけで興味ぶかい。ウィーンの戦災廃墟感をどう翻案するのかとおもったら。霧。自然の霧もだが暗黒街ヨコハマの陰謀の黒い霧。その霧のなかを赤木があるく。このあるく姿がヨコハマににあいすぎているし誰にもマネできない。たとえ優作であってもだ。そしてわすれてはならないのがその優作がヨコハマbjブルースでとりいれたかったにちがいないbl要素。本作。太陽がいっぱいの翻案でもある。主要男女四人全員。少年少女顔。の薄気味悪さ。西村晃も美少年。濃厚な生々しい大人の男女の性というよりピーターパンシンドローム的なガラスの同性愛臭が霧に充満。音楽も一部怪奇大作戦そのものなバイオリン高音のところがあって不気味。

2024年12月30日月曜日

PERFECT DAYS 2023

専用車両でのパトロール。tttユニフォーム。なにやら特撮映画の防衛隊のような重装備。そしてハードボイルドにきまったルーチン。複雑なトイレ機能の点検ルーチンがすごい。マイティ号か。轟天号か。これはブレードランナーなポストコロナディストピアが舞台のサイバーパンク映画なのか。そこはかとない江戸のかおりがよい。役所主演だからといって。いつものワケアリ過去人物とはかぎらない。身をやつした忍者か剣豪か宇宙からのヒーローかもしれぬ。小津な感じも能というより落語。しかしサニタリー企業案件の缶コーヒーcmのような映画で東京画の頃ならいざ知らずポストコロナ時代だとチト古風。自分はこれをおもいっきり古く脳内変換し時代劇として観たい。あとハードボイルド映画のよいところは。寅さんも。ボギーも。食べ物飲み物が美味そうなところ。あと本作ではカセットをいとおしそうにマガジンに装てんするところ。

Cloudクラウド(2024)

回路と同じくインターネットの世界にとりこまれる恐怖を描いたインターネットホラー。そんなジャンルがあるかどうかだが回路と本作はそうとしかいいようがない。時代が変わっているので両サブカルおたく秋葉系主人公のインターネットとのかかわり方も違っている。黎明期の大学インターネット研究者から爛熟期のオークションサイト転売ヤー。舞台はシャイニングよろしく人里離れた広い家。広いけど密室これミステリーやホラーには不可欠。あとストーリーが破綻するは。ナンデモ不条理アリの難解になりがちだは。そんなフィルムノワールだが。ファムファタールの死で完結する一種の奇形ラブストーリーである事がよくわかる。フィルムノワール。今の時代に禁酒法時代のギャングや探偵にリアリティを持たせドンパチさせるには。暗黒街をネット社会へと置き換える他ない。あとタイトルのcloudってアシスタントくんの所属する謎組織その名称かな。ラスボスは量子もつれから自然発生した実体の無い正義のaiで世界を浄化しようとしてるとか。

2024年12月13日金曜日

怪物2023

せっかく新感覚のbl映画なんだからイヤミス社会派胸糞に迂回せず。ストレートに最初から少年美全開でいくべきだった。真夜中のカーボーイやフレンズがあったじゃないか。少年二人は魅力がないわけではない。出番がすくなすぎて。感情移入対象にまで観客の内面で熟さないうちにおわってしまっている。金八二部の加藤と松浦みたいにアイドルビジネス。社会現象にまでひろげすぎて役をこえた子役の実人生の一部をそぐようなことさえしなければ。続編とか。この路線。この監督作で。みてみたい。なにより音楽を世界のサカモトで。戦メリといいblとの好相性。冒頭の爆撃のようなvfx。これは禁じられた遊びのような反戦戦争映画で今現在が子供にとって辛すぎる戦時下だということ。特に小児性愛やlgbtをかかえた子供。ある意味。湖の畔だし火垂るの墓の実写版でもある。

2024年11月14日木曜日

ゴジラ1954

ゴジラの吐いたそれは建物の上に粉雪のようにそっとふりかかる。そう霧のようにゆっくり降り積もる感じだ。けれど少し間をおいてカッと燃え上がる。911フクシマ冷却水が干上がった際の燃料プールの燃料棒。その崩壊熱の凄さを実感させる。同時にあの感じは怪奇大作戦呪いの壺のリュート物質での本堂炎上そのものでもある。いかにも放射性物質事象という感じがして。とっても怖い。

2024年11月9日土曜日

サイコ2前作から二十年以上の続編1983年製作

中盤。人間というよりもはや建物が主役。20年の薄汚れた劣化が効果を深めている。それらがしっかりと再利用されレベッカなどのようなゴシックロマンス映画それもメタにリアルなものとしてもはや立派に成立している。逆に内容こんなロマンチックな感じは前作には微塵もなく面喰らうくらい新鮮。それどころかモーテルと母屋が繋がっているような錯覚さえあって空間がねじれたポストモダンsfのようでもある。いやもしかしたら母屋の覗き穴はデジタルディスプレイでモーテルの監視カメラ映像がそこから見えていたりするのか。これなんぞ80年代スパイ映画っぽくもあり更に新鮮。これに先立つ今作前半ノーマンの出所受刑者のようなズタボロ感だが。男臭く土埃立ちそうなアメリカンロードムービーしててそこがしっかり前作の前半とシンクロし同じくハードにフィルムノワールしてて良かった。問題は後半だ。前作はノーマン単独のシンプルなサイキックホラーだったが今作はエイリアン2の如く今度は戦争だと言わんばかりの誰もがサイコパスってか状態で。超能力者バトルロイヤルならぬサイコパスたちによるサイキックバトルロイヤルのカオスと化している。精神科医なんかキャリーばりの念動力で念入りに何度もころされるし。ラストでは中盤ロマンスした相手メアリーの死の復讐も果たし全てに勝利するノーマン。モーテルの看板に灯を入れ。母の為の母屋の暖房にも石炭をくべ。実母の影を映す窓の母屋を背にモーテルへと向かう宗教儀式めいたシルエット。そうもはや純愛一直線生涯素人童貞貫くフランケンシュタイン系不死身ゴシックモンスター。サイコキラーハンターな治療者や模倣犯なんか寄せ付けもしない近代的価値観がナンボのもんじゃいな筋金入り完全無欠の大元祖サイコパスマシーンノーマンベイツってば素直に無茶苦茶カッコ良い。完全にマーベルコミックのダークヒーロー。聖なる邪神の剣の特注キッチンナイフを手にディズニーホーンテッドマンション仕様の空飛ぶモーテルそのコックピットに乗り込んでアベンジャーズ入りだ。料理の腕もあげサンドイッチも前作より美味しそう。

2024年11月6日水曜日

シャイニング1980年製作の映画

メチャクチャ広い空間なんだけど閉じ込められるような感じは時間にまで影響しタイム無限ループな感じになる。そして退屈から徐々に見ているこちらまでもが狂っていきそう。外部ではなく内部すべてが敵に見えるように仕組まれる。このタイプの恐怖は言ってしまえば管理社会ディストピアと同質の物と言える。時計じかけや2001年などにも存在したテイストだ。つまり何物かに呪われているとか支配されているような感じ。墓地に建てられた山小屋。インディアンの呪い。どこか現状の今の日本やアメリカを思わせられる。一世代どころか輪廻転生末代までナニかに管理されていきそうな終末感閉塞感なところが2001年宇宙の旅っぽい。

2024年11月3日日曜日

フランケンシュタインの花嫁1935年ユニバーサル製作アメリカ映画

盲老人との別れからのアメリカンロードムービーな旅路。その果てでのたどりついた古代遺跡のような共同墳墓。地下埋葬施設の死体との遭遇シーンは最高にゴシックしててうつくしくよかった。その直後に登場の詐欺師のような新博士。彼がメフィストなら旧博士はファウストで。怪物にとっては確執いろいろあったがやはり旧博士こそがいとしかったのであろう。結構かんがえさせられるふかくヒューマンなラストにおもわず感涙。怪物の人間的成長がすばらしく。前作が生粋のホラーなら今作。当初自分パロディコメディっぽくかんじてしまったのがはずかしいくらいじつに商業監督をこえた孤高のこの名監督の魂がこもった芸術的感動名作だった。

2024年11月1日金曜日

フランケンシュタイン1931米ユニバーサル映画

市長と男爵の関係に地方なんだけど産学一体大学学園都市として発展した村の複雑な代々人間関係や抑圧的な権力関係が反映しているようで変に今風で良い。ある意味郊外ディストピアものである。美術セットもそれに合わせてドラキュラ城が古い因襲の残る自然深いゴシックな感じの古城なのに対してこのフランケンシュタインの実験塔は要塞か工場か刑務所のようで周囲の山も公害で荒れ果てたかのような奇岩だらけで無機的でさえある。現代の遺伝子工学やコンピューターサイエンスや原子力で発展の地方工場城下町に逃げ込んだ逃亡殺人犯の追跡サスペンスとかにも応用出来そうだ。そう。地方都市の出来の良いオボッチャマオタクがターミネーターな殺人マシーンを創造してしまったのだ。やばいことにかわりはない。以下ちょいネタバレ。勧善懲悪西部劇のようにマジにつくられた軽薄ハッピーエンドだとしてもホラーとして今みるとどうしても被抑圧民群衆ヒステリーとか地方腐敗政治とかが透けて皮肉で曖昧で不条理作品にみえよけいこわい。

2024年10月31日木曜日

サイコ1960米

前半はあきらかにフィルムノワールだがなかなか後半もスタイリッシュなフィルムノワールとしてじゅうぶんみれる。ジョンギャヴィンとアンソニーパーキンスが対峙するシーンなどはかたや田舎の若者の典型的ステレオタイプオールドスタイルキャラで。ひょんなであいの都会の女をカラダでトリコにするようなカウボーイ型セックスマッチョ。そんな男と碇シンジのようなイマドキ地方少年の屈折しまくったマザコンひきこもりオタクとっちゃん坊やがファムファタール悪女ジャネットリーへのおもいをぶつけあう。完全無欠フィルムノワール大傑作作品としての本作のもっとももりあがるシーン。

2024年10月29日火曜日

セクシー地帯ライン

1961年製作の映画。ライン地帯シリーズ1950年代末和製フィルムノワールシリーズその第4弾。敵のアジトが戦前の古ビルで地下の物置からの脱出というのがいい。おもくかたいあかずの扉を解錠できたとおもったら逃走経路定番の下水道ならぬ護岸架橋工事現場で足場の組み方が迷路状態。巨大木製ジャングルジムでのチェイスシーンは当時のフィルムならではのスリリングさか。見事な昭和復興期都市空間迷宮感覚。時も深夜。終電後はひとっこひとりいなくなってゴーストタウンになる当時の東京。見事な時間迷宮の魔都だった。だから闇のなかつまりオトナノジカンいろんな悪や魑魅魍魎が跋扈できたのだ。正義側で警察以外ねないでおきているのはバタヤ横丁の戦災孤児くらい。そんな子供が解決の鍵として大活躍の大団円。

2024年10月27日日曜日

郵便配達は二度ベルを鳴らす1946年の映画

沖への漂流覚悟の自殺行為そのシーンでの水平線。何時なのか何処なのかsfチック。人工ホリゾントの空と人工プールの海面それら組み合わせが醸す奇妙な異界感。沖の潮に流され遠くの海岸に泳ぎ着いてしまった為に服や車を置いた所までボロボロになって歩いて戻ったんだろう。駆け落ちに次ぐ二度目も大冒険旅行だ。そのズタボロな結末。クライマックスのニック殺害パート。死後も永遠に山中に木霊し続けるニック最期の声。ラスト。ボルトが剥き出しのこれまたsfチックな留置場での禅的な独白。

2024年10月24日木曜日

バルカン超特急1938年イギリス

戦前ロンドン期ヒッチコックのバルカン超特急だが。ゲスなクラリネットふき。実は名探偵だったり。ただの狂言まわしかコメディリリーフかとおもったクリケットずきの凸凹コンビ。ウエスタンアクションに登場しそうなまさかの義賊ヒーロー兄弟だったり。この国境のくらく霧ふかい山中での人知れずの銃撃戦そのひんやりとした雰囲気がすきだ。さらに暗黒度をたかめるくろいハイヒールをはいた黒衣の修道女姿の女スパイ。最後は命がけの善意にめざめ見事なファムファタールぶり。ミニチュア特撮もありやっぱり本作はヒッチコック作品というより素敵b級フィルムノワールアクションとしたい。

2024年10月22日火曜日

悪魔のいけにえ1974アメリカ映画

誰もいない森の大樹の倒れた音はどんな音か。それと同じで。その芸術に触れた者は皆その芸術家によって殺される。そんな禅問答のような形而上芸術。それは存在したと言えるのだろうか。レザーフェイスはそんな芸術をつくる芸術家だ。その芸術品の数々がこの映画には映り込んでいる。それこそが本作の最大の価値である。本来誰も絶対見れない物が映っているのだ。ホラーではない。というよりゴダールのアルファヴィルの手法で撮られたエイリアンに劣らない暗黒アクション宇宙sfである。すべてが火星での出来事。川は干上がっているし月は地球の月ではない。終始唸りを上げるあのガソリン発電機はタダモノではない。電気ばかりか大気をも発生させているはず。アメリカのテキサスの田舎宇宙はどこまでもひろがっているのだ。

2024年10月21日月曜日

地獄のサブウェイ1972イギリス

夜の駅前ぐらいしかオープン空間があらわれない。あとは地下鉄ホーム。パブ。要人宅と徹底的に閉鎖空間で進む。モンスターアジト。モンスターがレザーフェイスほどの天才美術家ではないのでそんなに芸術的ゴシック迷宮ダンジョンしてないが。そのぶんカメラ目線での観せ方がとても粘着質でゴシックなので独特の荘厳さが醸し出されている。刑事部屋。窓から時折垣間みれる霧のロンドンが本作の物悲しい淋しげなムードを一層かりたてる。どこか続猿の惑星に似た設定。

2024年10月19日土曜日

ヴァイラス1999アメリカ

宇宙ステーションに積まれたaiが暴走。通信中だった海上観測船のコンピューターにウイルスとしてプログラムが侵入。乗組員を防火装置誤作動で窒息死させそれら死体にチップを埋め込みゾンビ化するとワイファイ電波で操った。これ一種のサイボーグ。改造人間は不気味であってこそナンボ。ここにこそ仮面ライダーのダークな魅力もあると再認。さて本作正味ゾンビ映画でそのサブジャンルの電子ゾンビ映画だった。ウルトラセブン侵略する死者たちと並べると本作かがやく。いやいやもしかしたら本来ゾンビとは元々すべからくaiだったのではとさえ思わされる。あのロメロゾンビで恒星や衛星の爆発が発端とあったがあれは異星人の作った人工衛星や宇宙ステーションの爆発だったのでは。

2024年10月17日木曜日

世にも怪奇な物語1967年製作の映画

ゴダールもトリフォーもsfをてがけている。パゾリーニやアントニオーニはどうだろうか。パゾリーニはほぼすべてホラーかって感じだしアントニオーニ砂丘はトンデモsfだ笑。フェリーニにはフジ隊員ばりの巨大女登場のsfがある。おなじようにオムニバスのなかのひとつとしてだが。おなじようにこれもオムニバスのなかのひとつでsfといってしまってもよいだろう。悪魔の首飾りポーが原作だが現代モノいや近未来ディストピアsfにしてしまっている。空港のテレインフォメーション装置におどろかされる。そのデザインたるや円谷作品かよとおもったほどだ。まるで恐怖劇場アンバランスとかで円谷一がてがけたかのようなしあがり。わが幻の円谷一版悪魔の首飾り。だって円谷一といえばスポーツカー。ウルトラqクモ男爵と怪奇大作戦吸血地獄のしあがりから想像すると類似感大。テレンススタンプがわりはもちろん岸田森で。

2024年10月13日日曜日

新猿の惑星

猿惑後期三部作の記念すべき第一作。忘れられがちだが後期があってこそ猿惑は伝説となったのだ。いかにもなアメリカンニューシネマずたぼろテイスト真夜中のカーボーイのようなヤルセナサの本作。続く征服はゾンビ79を完全にサキドリ。続く最後は80年代のウォーリアーズ浜省な郊外地方都市ストリートギャング感覚をサキドリ。後期猿惑シリーズ。sfとされがちだが実は猿と人との小気味良いアクションシリーズ。第一作をオールドウェーブロックだとすると第二作はパンクロック。第三作以後はニューウェーブロックに重なるのだ。ロメロゾンビシリーズはそれで大成功したのだ。ゾンビ映画なるジャンルを確立した。sfとしての考証などどうでもよいのだ。21世紀。猿惑ニュージェネレーション物もそれをおもいだしてほしい。そうすればゾンビ物に負けない未来がある。ジャンル映画としての猿映画の確立をめざさなくては本作に申し訳が立たない。

2024年10月12日土曜日

続猿の惑星1970アメリカ映画

猿惑シリーズ。頭こんがらがる円環構造。悪夢のような今の時間軸は後に書き換えられ別の少し救いのある時間軸へ。第一作のいかにも時代遅れな冷戦下旧ハリウッド活劇テイストも。本第二作の英国怪奇映画テイストもなくなり。モダンなニューシネマ風後期三部の新シリーズが次回から始まるのだ。前期二部作の特にこの続のトンデモさはぶっ飛んでいる。とかくパート2物は超名作かトンデモ作にわかれがち。あのゴッドファーザー2も名作とされがちだが一歩まちがうとトンデモ作だ。本作。前作のような娯楽sf大作性は皆無で。70年代ハマープロダクションなエログロ怪奇映画テイストに成り下がっている。でもそこが愛らしい。

2024年10月10日木曜日

遊星王子NTV1958年11月11日1959年9月4日

宇宙人ヒーローというより善のインベーダーというかんじで。異星人としてのミステリアスさが前面にでていて。特に初期回。仮面ライダーxのように。アクションというよりスパイ的活躍。というか暗躍がメイン。笑。でダークさシュールさが今の時代肌感覚に一周半まわってさきどって。合ってしまってる。

2024年10月9日水曜日

犬神家の一族

石坂浩二を主演として観ては面白くない。あくまでも狂言回し。本作は探偵ミステリーではないのだ。あおい輝彦一人二役主演のダークファンタジー。等身大サンダ対ガイラ。元はフランケンシュタインのような正義だった者が細胞分裂。一方は顔が傷ついた事で心まで病んでしまいの復讐鬼ダークヒーロー。一方はそれを押し留めようとする無力な母思いシンジな純愛弱々ヒーロー。その葛藤の物語と捉えた方が断然面白い。前半。刷り替わりモンスターとして人工の顔を着けて屋敷に黒塗りハイヤーで潜り込むあたりのあおい輝彦の重厚なダークヒーローっぷりは本当に素晴らしい。ノートルダムの傴男オペラ座の怪人ばりのゴシック感もある。短いシーンだが造顔師はまるで怪物を作ってしまった東宝特撮モノの不気味なマッドサイエンティスト。のようでマサに研究所でのモンスター誕生をおもわせるシーン。後半。廃屋はレジスタンス潜伏基地か。ってな感じで正義のスケキヨが母や恋人の窮地に馳せ参じるのもカッコイイ感じ。だが。前半には敵わない。でもそれで良いのだ。ベトナム帰りならぬビルマ帰りの。タクシードライバーのような戦争での傷負いダークヒーローストーリーなのだから。この素晴らしい原作をもっとも双生児ダークヒーローストーリーらしくしたのはやはり本角川映画版だろうか。ドラマ化や他の映画化も片っ端から見直したくなった。とにかくスケキヨいやアオヌマシズマの狂気のアンチヒーローぶりはダークヒーローファンタジーにふさわしい。元々はスケキヨと同じチョイダメなイイ奴だったんだろうが。その顔。その仮面。その声。そのフテブテシサ。その死体のブザマサまで全て超ワルでカッコイイ。

2024年10月8日火曜日

にっぽん昆虫記1963日活

もはやこれでもかってくらいにあがっているアマプラのせいで見放題無料群小日活ノワールファンいや中毒に堕した筆者には本作。かつてあれほど信者だった今村昌平が作家的芸術映画っぽくみれなくなっていると実感。後半のカルト宗教からのコールガール組織の特捜最前線かよな刑事ドラマっぽい件ばかりが魅力的にみえる。ようになってしまった。ただの家政婦はみた的な群小フィルムノワールの一遍にすぎない。それはさびしいことかもしれない。芸術家としての脂分が抜けて枯れた職人監督の味だけ。でもその出涸らしの味がなんともいえない。

2024年10月7日月曜日

ガメラ対大悪獣ギロン1969大映

不良女子学園に子供二人が迷い混んでしまったような話。閉鎖空間感密室感が最高。恐ろしい学園の飼育室には怪獣までいる。

2024年10月6日日曜日

地獄1960中川信夫

本作はノストラダムスの大予言や世界大戦争と同じく。人間の滅亡を描いた宗教映画である。ジョンヒューストンの天地創造のような3本のオムニバス。前半30分は昼メロか韓国ドラマかはたまたカフカかヒッチコック作品のような巻き込まれ型不幸ジェットコースター不条理ドラマ。主人公はまるでヱヴァンゲリヲンのシンジのように悩みに悩む。中盤30分。主人公は堕落。残り少ない人類が集う汚染スラム地区にまで落ちていく。そこでは仁義なき戦いさながらの愚かな最終頂上戦争が繰り広げられるが結局。共倒れと環境汚染での人類絶滅が描かれる。文字通りのスラムで。悪徳刑事。悪徳新聞記者。悪徳医師。悪徳介護業者。悪徳食品納入業者というように環境どころか組織も精神もすべてが腐敗しており犯罪者も流れ着く場末。果ては河上に謎の見えない巨大公害工場まで。終盤の残り40分は滅亡後のメタ異次元世界で。これまたエヴァンゲリオンの学園ドラマパートのような教室室内劇なメタフィクションテイスト。旧世界の回収と新世界への模索。選ばれし者その新人類への進化転生を形而上哲学的台詞を交えスペクタクルに描いている。だがメタだからチープだ。だから怪奇映画を観るように観てはならない。終盤に向かう程。盛り下がるばかりである。特に終盤は特撮初心者には理解困難。特撮マニアでこそ味わえる上級者向きの自主製作特撮風。なのである。あくまでも無印東宝の怪獣映画やパニック映画の正統派を経て。だ。その美術センスや編集テクニックをこそ。そしてその特撮的エンディングをこそあくまでも哲学的寓話として楽しむことができる。本作はスーパージャイアンツなどの新東宝特撮sfその究極の到達点に他ならない。そう。究極のダークヒーロー閻魔大魔王その人をデビルマンやウルトラマンの登場のようにワクワクして待つべき映画なのだ。

2024年10月5日土曜日

ナイトオブザリビングデッド1968アメリカ

まさに仁義なき戦いのようなsf集団抗争劇。立て籠った家はまるで都市のように広い。恐怖と謎に満ちた二階。女の独り暮らし。か。そして地下室の地下グループのその唐突な登場など続猿の惑星などは勉強すべき点が。拠点は一階か地下室かのポリティカルディスカッションも素晴らしい。クライマックスは一時敵対解消で二階と一階のチームプレーで一瞬だが砦か要塞のおもむきに。ラストでの地下室の使い方その神話的スケール感。まさにまさに教科書というか密室ゾンビ劇の原点にして聖典。

2024年10月1日火曜日

黒蜥蜴1968東映

東映特撮のサイケでゴシックなダークルーツ。仮面ライダーや江戸川乱歩シリーズ明智小五郎への布石。ショッカー女幹部黒蜥蜴。怪人剥製男。いや。もしかしたら影のラスボス的ショッカー大首領か。三島由紀夫。秘密基地感も最高。なにより数ある。純愛映画。の感動名作の一つ。

2024年7月17日水曜日

私はゾンビと歩いた!(1943)

絵画に美人画なるジャンルあるように美人とはいいもので。芸術とくに映画においては。ひろく応用がきく。たとえば小美人。モスラにおけるインファント島の。恋人の。南くんの。人造美人は星新一だし。そして死美人。ポーの小説でおなじみだ。いかにもボードレールなどの世紀末詩人がこのみそうな題材。ベッドによこたわる美人をゆびさし医者がこういうだけでもう映画になってしまう。彼女は死体です。でも不思議なことに。いきているのです。さらに。彼女は生体です。でも生命反応はなくしんでいるのです。ターナーにヒッチコックの偏執とにかく美人をさらに美人にみせるノワールなカメラもはや変態的。文学では谷崎潤一郎の筆か。

2024年4月24日水曜日

ぐるぐるメダマン#28地獄の鬼が迎えに来るゾー

最終回エンディングテーマにかさなる嵐の雨に身をさらす姿それは。まるで雨の路上を裸足でたちあがりあるきだす社会派女性自立映画の主人公。本作は帰ってきたウルトラマン最終回同様。公害や交通戦争に負けるなと。当時の子供達への応援歌となっている。上原正三のペシミスティックなディストピア感とは違って。ウルトラマンエースへの布石。


2024年4月3日水曜日

生きる1952黒澤明監督作品

最高度の濃度密度強度をもつポリティカルフィクション映画。前半はカフカのような変身不条理ロードムービーで無声映画メイクとノワールな表現主義技法が圧倒的。後半は真のポリティカルフィクションみるなら本作の志村喬と日本沈没の丹波哲郎はたまた仮面ライダー第二クールでショッカー支配に喘ぐ日本を救いにアメリカからやって来た千葉治郎扮するfbi捜査官滝和也かれらがいまのディストピアな現実にいてくれたらとつよくつよくおもわずにはいられない。帰ってきたウルトラマン仮面ライダーにつらなる真の義賊変身ヒーロー像がここに。

2023年12月7日木曜日

すばらしき世界2021

コロナや戦争とかでai化ディストピア傾向にある昨今の社会は窓口とかで複雑でヒヤヤカな対応をうけがち。昨日もケータイ窓口でそれに遭遇。軽度の瞬間湯沸かし器の自分でも血圧があがる。本作は社会派難病告発映画である。降圧剤にたよっていきるしかない瞬間湯沸かし器高血圧患者。ますますいきづらい。降圧剤。常用ではなく。特効薬というか本当によい薬が開発されることをいのらずにはおれない。

2023年12月1日金曜日

八つ墓村

おちのびた吸血鬼がゆきだおれた村のはずれで質素にいきのびようとしていたのに村人に当局へうられて虐殺されてしまう。末裔の女吸血鬼が復讐のパートナーとして同胞の吸血鬼男を街でひっかけ色じかけでディストピア村に監禁。まるでカフカの城のよう。そしてベトナムやオキナワの排外差別主義をかんがえさせられる。復讐のターゲットの村の地下は地球防衛軍のようにひそかに吸血鬼の本部要塞化がなされていた。そこには屍蝋化したドラキュラ伯爵。村の双子の老婆を死後もテレパシーであやつり復讐計画はすすめられる。ジョナサンハーカー役にはショーケン。ヘルシング役には寅さん。とにかく吸血鬼をやさしくうけいれてくれたようにみせかけ。てのひらがえしする村人がこわい。葛飾柴又寅屋車屋のように誰でもわけへだてなくうけいれやさしくしてくれる場は夢物語なのだろうか。もう地下トンネルとかソックリで。ガザ経済封鎖地区かよ。世界はもはや巨大なイスラエル八つ墓村。ベルリンの壁エイジに逆もどり。

2023年11月25日土曜日

あばよダチ公(1974)

製作国日本。上映時間93分。もしかしたら本作と野獣死すべしのエノケンヤリスギナンセンスドタバタコメディアクション演技は地続きなのかも。共に優作は探偵物語風な軽いメタコメディ演技ではないしジーパンとも違う。ライトでウケの良いテレビ向けじゃない。野獣での自嘲的かつグロテスクな教祖風人物。盛大にカルト教団的な物かつ集団主義的な物や権威権力を笑い飛ばしているよう。そうそんな風に彼の本質はもっとバンツマのような戦前無声映画的カイブツ。何処迄も異形の存在としての孤独の影。クリストファーリーやブルースリーのような怪優。優作の立ち姿にはそこはかとそんな孤高の自嘲的ユーモアが感じられる。はっきり言う。テレビでの人気者に成る時間があったらモット腐る程プログラムピクチャーに出て欲しかった。本作や野獣死すべしのようにツヨシナガブチヒトシマツモトなカリスマを否定しショーコーアサハラな教祖性を解体しまくる岸田森や伊丹十三や小沢昭一な痛快なモンスターとして。そんなプログラムピクチャーがまだあまりにもすくなすぎる。ゴミのようにあふれているようにみえるカルトVHS作品だが正規一般むけ娯楽作品にくらべたらかなしいくらいこころぼそい絶対数だ。そしてナントイッテモ幼児番組のヒーローとして身障者のカリスマとして。ゴジラのように。ミシマのように。

ア・ホーマンス

ラスト10分のカタルシス。これぞシン仮面ライダーv3。風のようにあらわれ巨大なサングラスを装着して変身する松田優作の姿はまさにライダーマンそのもの。うたれた石橋凌にジャンパーをかぶせるとみせかけ一瞬で改造蘇生手術をほどこす。これもv3にライダーマンがほどこした手術そっくり。奇妙な底辺の改造人間同士の友情を最高の東映魂でえがいた永遠不滅の大人のための東映特撮。片桐竜次とポール牧の不気味さはショッカー怪人以外何者でもない。

2023年11月23日木曜日

火垂るの墓

あかい幽霊は黒沢清やニコラスローグでおなじみだし冒頭で荒野へなげすてられるドロップ缶にはいった骨片の謎も今村昌平の復讐するは我にありの遺骨空中静止の謎とかぶる。そして全編が幽霊による回想なところはもろシックスセンスでしかもさきどりだし本作見事なまでに意味深で快調な出だしのスリラー映画ホラー映画しかも傑作。ゆえに。くらい反戦映画などという陰気なレッテルがはられおかげでエンタとしてのパンクとしてのポジティブさが年々うしなわれ抹香くさい芸術じみたかびくささばかりがめだってしまうようで実にくちおしい。本作しっかりアニメゆえの拡張された映画的身体性にみちている。節子はもちろん。細部にかいまみえる少年セイタの性衝動っぽいトマドイや怒りや反抗心も見事な。くらくギザギザな青春映画だ。特に空襲火事場泥棒に迄おちぶれ無法を謳歌し映画的に躍動する件は。自動機械戦争という殺人とセッパつまっての窃盗。どっちが重罪。といわんばかりだ。ニューシネマのようでパンクだしロックだ。無垢のみがすくいのポストモダン時代の人間の終焉歴史の終焉のスタンスで本作はかたられている。裏テーマの化学兵器にたいするいかりの昇華の結果のカタストロフィーな荒唐無稽さもゴジラからの東宝の伝統だ。雨どころか横穴の沼の水も人心もことごとく軍需工場の重化学物質いや未知の化学兵器材料か。それもオキシジェンデストロイヤーばりの終末物質。に汚染されていた。ヤバめな森の中の謎の横穴防空壕跡と沼もホント不気味。なぜつかわれず放置されたのか。なぜ大人達はちかづこうとしなかったのか。子供達ばかりが心霊スポットのようにあそぶばかり。ホント野坂原作の映画には傑作がおおい。エロ事師しかり。とむらい師しかり。誰か全漢字題三部作も映画化してくれないものだろうか。骨餓身峠死人葛死屍河原水子草乱離骨灰鬼胎草。対岸の高台の邸宅もきもちわるい。被弾し炎上する軍需工場地帯の幻影とかさなる。蓄音機の音が霧のように沼の上をすべり少女の幽霊が一人あそぶ。ひびきわたる空襲アナウンスの音色の幻聴のような酷薄さとかさなる。典型的なゴシックホラーの仕たてだ。この躍動からのこの落差。こわいし不気味なのだがなんともホスピタブルにいやされる。のも事実。特に真夏の夜の性夢か。暗黒にぬりつぶされた観艦式。筆者的に最高。これこそがゴシックの。ホラーの効用である。本作。この際。元祖ゴスロリアニメの。そのパンク的精神的古典とでもいいきってしまおうか。そして。くりかえす。まちがいなくあの沼は汚染されている。ホットスポットのような汚染地帯で予言的でさえもある。いや。あった。としてほしい。ドロップ缶におさまってしまう迄に汚染物質に侵食されていた骨髄そんな悪夢は近未来sfホラーの絵空事の中でだけでホントもう沢山なのだから。

仮面ライダーx、第7話、恐怖の天才人間計画

長坂秀佳脚本回の怪人はホント気色わるい。怪人はただの怪人で改造人間とかの出自があきらかにされはしない。とてもあいまいに濁らされている。指令もゴッド総司令として。怪人が日常の八百屋の店先など。ちょっと街の裏通り曲がり角に出向いたかとおもうと。そこでうける。怪人の人間態も街にすっかりとけこみ少女の憧れの人の良い大学生家庭教師だったりする。廃墟に不気味な機械仕掛けの地蔵やマネキンがポツン。ホームレスが拾ってきたのか。廃屋の隅のエロ本エロカセットテープのようにして。道中陣のように情報爆弾がしかけられている。

仮面ライダーx、第6話、日本列島ズタズタ作戦

日本の各地に武器をばらまく。もしくは日本のいたるところを兵器工場にしてしまう。それで嘘の情報を流し内乱を誘発する。挑戦人が井戸に毒を投げ込んで回っているとかな作為情報である。ゴッドが直接手をくださなくても日本人が。庶民が。いかに互いの信頼を失い凶暴化しているかがよくわかる。そんな便乗型の作戦が多いゴッドという組織。バドーの犯罪ロボットレンタル業に似ていかにも身軽で合理的。そこがまた情報ディストピア時代の犯罪組織の在り方を描いてて胸糞わるい。snsフェイスブックとかの偽アカウントを偽装すれば全く古くなく実行可能。そして更に今回の舞台。武器暴発事故を起こした兵器工場城下町の川崎界隈あたりだろうか元漁村。化学兵器や核兵器だと汚染もされていよう。露頭に迷い自殺したり。公害病に喘いだり。悲惨な事故遺児達がこの界隈にあふれかえっていく。水俣か火垂るの墓の神戸のように胸糞な地方都市である。そんな遺児達から見れば入植して来た飯場のオヤジ達は冷酷不気味な怪人に見えて当然である。夜中の造成地での酒盛り。おおさわぎしながら一升瓶を振り回す牛のような現場監督。

2023年11月18日土曜日

第18話そびえ立つ恐怖

イルーゴ。五類。致死率は低いが感染力が高い。つまり。それは汚染。コロナも今やウイルス汚染と言える。それは人の気分を消沈させる。裏で進行する闇権力。アッシャー家の崩壊の瘴気に相当する。全世界がポーやワイルドの時代気分厭世的世紀末思想に覆われる。さすが怪談新耳袋で触れて以来注目の継田淳ホラー胸糞な脚本。お父さんエッセンシャルワーカーに感謝。

2023年11月15日水曜日

走れクルーザー!Xライダー!!

仮面ライダーx第二話。ずっと前から豆腐屋の笛じゃないが八百屋の笛。で団地の住民は何度も扇動され心はとっくに荒んでいたのではなかろうか。平時でも戦時下のような妬み嫉みの密告暗黒社会が出来上がっていた。だから笛の合図ごときですぐ殺し合う。少年の父も八百屋の正対を知ったので消されたか絶望して自殺したのではないだろうか。いやもしかしたら八百屋の先代で真っ先に八百屋ごとゴッドに乗っ取られた。団地に親しまれていた八百屋だから余計に団地住民は騙され易くなっていた。江戸時代のどこかの藩のような話。とにかく近未来ディストピアの戦時ポリティカルフィクションとして通用しそうな大変すぐれた脚本。昨今の世界情勢そっくり。こうしたエピソードが多いxライダー。胸糞度では仮面ライダーシリーズ随一かも。

2023年11月6日月曜日

バドーの殺人セールスマン

敵はあくまでも科学を悪用する科学犯罪組織という意味でも。動くラボ一人科捜研としての機能も兼ね備えているという意味でも。科捜研の女や怪奇大作戦の面白さにも通じ。という意味ではロボット刑事はマイティジャックにちかい万能エンタで。ものすごい男子ワクワク感。かつその不気味なルックスと真面目キャラのギャップがカワイイ。とどめに万能パトカーのジョーカーはめちゃくちゃカッコイイ。ロボット刑事そのタイトルは仮面ライダーと並びいかにも渋い大人な社会派リアリズムのそれで。東宝変身人間シリーズっぽい。人造人間。キカイダー。や。変身忍者。嵐。のような子供向けヒーローっぽさとは一線を画す。

2023年11月2日木曜日

ライダー4号は君だ!!

ライダーマンけっこうザリガーナにやられっぱなしだが。あれは直前に信頼していた首領の裏切りが絶望的にメンタルにきていたため。本来の実力をはっきできなかったからだ。一応変身してはいたが。武器のアームはいっさいつかえていなかった。あれだと人間態でたちむかっているのとおなじだ。また絶望がなければアームをつかってミサイルからの脱出もできたはず。いかに絶望がふかかったかわかる。でも次回でザリガーナはv3にズタボロにされてやられる。スカッとする。

2023年10月29日日曜日

デストロン最後の日

最終回論争のあるv3最終回。ライダーマンはその一派と自力で基地を脱走した。v3とは一派の一人をすくう最中にであった。風のようにあらわれ風のようにきえてこそライダーマン。最期のミサイル自爆は風見のみた悪夢かもしれない。バタル弾被害のptsdかもしれないのだ。結城はいつものように風のようにさっただけ。そうかんがえると最終回の一人のこされた風見の改造人間の孤独と哀愁はことさらにひびく。恋人純子の絶叫が切ない。障害者である改造人間は座頭市のようにいつも身を引かねばならないのか。哀愁。ダブルライダーでもりあげる必要はない。この孤独感が良いのだ。

恐怖は地底より

地獄の劫罰とはみずからの生前人生最悪のトラウマの瞬間が永遠にリピートすることらしい。で地下にあいた穴の暗闇をのぞきこむとその人なりのもっとも嫌悪する怪物がみえるのか。幻視だけじゃなく幻聴もだったら。今回のアースガロンとの対話もやばいものになって。まさにホラー回だったかも。でも聴覚を視覚のように電磁波に脆弱なものとせずポジティブなものとしたことでトークエーアイへの希望をえがいた。脚本がよい。

2023年10月26日木曜日

銃声一発! 風見志郎倒る!!

ある意味ミサイルを操縦する結城丈二よりもこちらの外科手術執刀でのヒロイズム発揮のほうが結城丈二ににあっている。その風貌もどこかブラックジャックににてダークゴシックだし。障害者ヒーロー。さて本題の風見史郎にうちこまれた弾丸だが。これはマイクロチップがエア注射器でうちこまれたとかんがえた場合ひどく現代的でうすらこわい。うちこまれた感覚がなく風見史郎はただなんとなく体調と精神がわるいだけとおもいこみ新宿の裏どおりをまるでヤク中のようにさまよう。これもコロナ後遺症コロナワクチン後遺症とかもかんがえあわせられもしオウムのサリンよりこわいテロ行為だ。とにかく本回はライダーマン全エピソードにおける最高傑作だとおもう。映画看板の裏がすぐ秘密基地だったり基地が公園遊具につながっていたり地下駐車場や警察がデストロン支配下だったりとディストピア感もコロナ戒厳令下のあの頃の日常の空気感そのものだし。結城丈二。本当は少女にも子供にも優しい人なのに。隠して風見史郎を支え任務遂行に専念する姿がいかにもハードボイルドだし男の友情。デストロンに裏切られた家出少女ジュンが結城丈二の手術の助手をしてそれがピノコに見えたりして頼もしい。勝気で真っ直ぐなとこもピノコそっくり。atgっぽい低予算演出がシュールを超えて日常のディストピア描写にまで昇華。魔術的リアリズムというのだろうか。マルケス風の陰謀と不条理だらけの独立した政治的カフカエスク作品といってよい出来。さらに考察をすると。変身すると戦闘モードとなり人一倍はやいうごきをとらえる視覚筋力も暴走し。風見いやv3に見えている世界は速さ大きさなどが狂って。全てが不条理に襲ってくるように見えるそれはそれは地獄のような様相なのだろう。だから結城は変身するな変身すると死ぬと言ったのだろう。脳だけは生身なので脳が人口筋力の暴走に耐えられない。想像するだけで恐ろしい改造手術の負の側面。核や操作済み遺伝子群といった神の領域の科学で汚染されまくった自然。改造された大自然。その統治脳である神はもはや発狂してしまっているのかも。だからこその天変地異やウイルス暴走。

2023年10月25日水曜日

ゲゾラ・ガニメ・カメーバ/決戦!南海の大怪獣

人の心をよむ宇宙意識が動物に憑依した怪獣。そんなクトゥルフ暗黒宇宙神話のしっかりとしたどすぐろいウラヅケ設定があるため。怪獣のプリチーさがきにならないどころかまさにキモカワさきどりにまでなっている。ゲゾラとガニメのなかのひとが足をいれているホンアシのかわいさよ。

2023年10月19日木曜日

ep47待ち伏せデストロン首領

クセのつよい折田演出がひかる傑作エピソード回。デストロン首領。まるでカルト教団教祖である。はたまた20世紀少年のトモダチか。某教団の集会さえ強烈におもわせるロケーション。誰もがしってる代々木体育館をかしきりだ。プロパガンダプロパガンダ。デーストローンデーストローン。前半の横浜高級住宅街をつよくうちだした演出からのこの代々木。なのでまるでマルサの女2みたいで胸糞だ。

2023年10月12日木曜日

第45話デストロンのxマスプレゼント

やっぱり折田演出回はぶっとんでいた。ブラックサンタのあとをおう結城丈二。たどりついたのは路上のマンホール。蓋をあけ地下におりると。なんとこうこうと太陽のあたる場所。シュールな地下世界か。デストロン少年幹部候補生の実戦訓練場。まるでイナズマンfのデスパーシティだ。ライダーマンは身をていして少年らの解放を交換条件にデストロンのダークサイドにあえてふたたびおちる。まるで黄色い悪魔時代のタイガーマスクのようなダークヒーローっぷりがよい。








第45話デストロンのxマスプレゼント

2023年10月4日水曜日

科捜研の女23最後のメッセージ第8話

前話の評のときもかいたけど。科捜研室内セットに。撮影用の機材をそのまま鑑定用機材にみたてて流用したりと70年代的低予算感が本話ではさらに最高度にいかされていた。ひろいバックヤード倉庫のようなセットに孤独にたたずむマリコ。子供のいないマリコ。不器用な母親のようにしかみえないマリコ。そんなマリコがよく表現されている。死んだ娘にいたわられるラストシーンのマリコ。泣ける。マリコが殺された娘の母親と同世代という設定が今回の話のようなものではこうもすごくおもくひびくのだ。このドラマのながさがあってこそ可能な良エピソード回。いっぽうドモンサイド。むきだしのコンクリートの階段の踊り場を流用した取り調べシーンが実にひえびえとしてて。シュール味をこえて社会派リアリズム味。で実に良い。オイルショック期の刑事ドラマをおもいおこさせる。とことん低予算低スペックで特捜最前線なみにつづけてほしい。あと偶然かどうか。悲劇の二号。仮面ライダーv3でのライダーマン回が本日から配信。科捜研本回悲劇のマリコ二号とかさなって。

2023年9月30日土曜日

いくぞブレーザー第12話

ガラモン操縦器の小型ガラダマはフワフワと不気味にとんでいく。たいして。チルソナイトソードの制御装置であるブレーザーのメダルはそこらじゅうにぶちあたり破壊。あげく壁をぶちぬいて暴走ぎみに爆走した。

2023年9月29日金曜日

墓場から呪いの手

 円谷には東宝変身人間シリーズなる一連がある。本作その系譜とみると俄然おもしろくなる。男を主人公とみれば。ありふれた恐怖劇にすぎない。しかし女の事件簿な哀しき女版変身人間シリーズだとするとどうだろう。犯人の男によって女は腕人間にされてしまった。女としての根拠をことごとくうばいさられてしまったのだ。乳房も子宮もバラバラにされて。女は指輪とあかいマニキュアのながい爪それだけがみずからにのこされた女としての存在根拠といわんばかりに。地面をその爪でひっかき不快な音をたて進撃する。復讐というにはあまりにも不器用でただ実存につきうごかされているだけにみえる。あまりにもせつなすぎる女モンスターの姿。本作。牧紀子の鬼気せまる死体名演技からはじまり愛する男ととの墜落死でおわる。みるみるミイラ化していく腕人間。指輪とマニキュアばかりがものいいたげだ。これはガス人間水野が花輪のもとで黒こげの姿に実体化するのとかさなり。そのやりきれなさはハンパない。藤千代の腕の中でではない。名声の残骸の花輪の下でである。腕女も男のもとでではない。すぐそこに相手がいるのに戦争でひきさかれた男女のようなこの絶対的な孤独感。バラバラにされたのではなくこの女は元々バラバラだった空虚な女。それが男にみつぐ事で一瞬かがやきまた無にもどっただけなのかも。そうかんがえるといかにもむなしい。

2023年9月28日木曜日

第7話

科捜研のセットに撮影用の機材をそのまま流用したり。70年代的低予算感もかなりでてきた。もどってきた。あと今回の話のように。犯罪というより庶民的純愛をとりあげたり。やはり70年代的な雑多なb級z級感がいとおしい。オイルショック期の特撮や刑事ドラマのように。とことん低予算低スペックでつづけてほしい。

2023年9月25日月曜日

マルサの女2

実は本作。前作とはかけはなれてて。日本沈没。人間革命。ノストラダムスの大予言。につらなる東宝特撮社会派路線の異形の大政治宗教映画。公開当時はどうしても伊丹映画としてしか認識できなかった。それはしかたないこと。それくらい伊丹十三は時の人だった。そしてそれは天国と地獄が黒澤ブランドつよすぎで。東宝特撮社会派路線の傑作と認識されなかった事情とおなじ。でも天国と地獄の。あの煙と阿片窟。東宝特撮特殊美術の威光以外なにものでもない。本作も冒頭とラストの崖崩れ。やはり東宝特撮特殊美術の威光以外なにものでもない。今にしてみればそれはすごくわかるはず。すくなくとも自分にはそうかんじられてしかたがない。統一教会ロシアウクライナ問題なんかも。本作の視点をそのまま世界地図にひろげたとしかおもえないくらい。それほどの先見性。

炎上1958大映

市川崑まだリアルな初期で実録風とさえいえ市川雷蔵現代劇演技初でまだ地なのか素っぽくパンク。文芸映画というより。いわゆる90分枠の娯楽映画のフォーマットでえがかれたフィルムノワールスタイルの怪奇ミステリー。ピカレスクなダークヒーローとしてテロリストをみごとにえんじきっている。その火の粉の特撮面からいえば怪奇大作戦。呪いの壺の原点にあたるしキモいメンヘラ演技面からいえば仲代達矢中村玉緒ご両人ミゴトにハードボイルドしていて岸田森斎藤チヤ子の京都買いますの原点にあたる。怪奇大作戦ファンにとっては神映画。あの火の粉状の炎リュート物質の発色に違いない。三島作品でリュート物質によるテロがえがかれているなんて。もはや美しい星なみのsf度はゴジラ第一作級。東宝大映特撮マニアなら。もっと話題にすべき名作。

襟裳岬1975日活

秋吉久美子の歌謡三部作は話題になるが忘れられた山口いずみの歌謡映画。同時にカルト映画としても忘れられている。が。かなりの完成度だしカルト度。よくある複雑奇妙な男女二人の。遺骨を伴っての抒情ロードムービーなのだが。遺骨の生前が。その日常が。その人物像が。余りにも詳細に濃密に描かれる為。主人公が唐突に死ぬヒッチコックのサイコのようなショックホラーにしか見えないのだ。

2023年9月21日木曜日

第6話サバイバル72時間

同窓生ではないから震災でなくなった美少女に嫉妬したわけでもない。でも今回の真犯人。マリコをも殺害しようとしているし。美人へのなにかダークなものをかんじる。そこが今回の胸糞ポイント。怪奇大作戦がそうだったように胸糞要素をめいっぱいもりこめるからこその。偏愛の科学犯罪捜査モノ。

2023年9月17日日曜日

親と子⁠/⁠ウルトラマンブレーザー

人間態とブレーザーとの意思疎通や境界が曖昧なのはブレーザーの精神年齢がおさないからだろう。今回もテレビの赤ん坊に反応したり親子怪獣に同情したり。たぶんウルトラマンタロウとおなじく人間態との合体の瞬間がブレーザーの精神態の誕生だったのだろう。初戦でのワイルドさはブレーザーが幼体ゆえのことだったのだ。

2023年9月15日金曜日

岬の兄妹(1019)

真夜中のカーボーイのリメイクとして観た。身体を売る美形とビッコの醜男。本作では妹と兄。最後の兄にかかってきた電話は再びクビの電話だと思う。不吉なラストシーンである。兄が妹を殺そうとする直前に見た足が治る夢だが。本家の砂浜を駆ける夢とオーバーラップする。今度こそ本家同様に家を追い出される事になるのだろう。本作。本家と同じく不景気が如何に過酷で。残酷な結末を弱者にもたらすか。を描いており。立派に本家同様。社会派映画としての機能を果たしている。見事な告発。

2023年9月14日木曜日

第5話

宗野賢一監督。前話と二連投だが前話は挨拶がわりで氏の職人技庶民性がでたにとどまっていた。が本作は持前の胸糞オカルトな部分が全開で。たのしい。今回の主人公エクソシストっぽい風貌の心理カウンセラー氏が被害者被疑者両方をプロファイリングするところから俄然もりあがる。といっても被害者の声は霊媒師ではないのできけない。そこで科捜研が植物の声をきく。被害者は大学を中退しずっとひきこもっていたのだ。悪魔憑きか。いやどうやら植物に異常にこだわり。憑かれるがごとくひきこもったものらしい。しぬ前に花をたべたりして不気味といえば不気味。ちょっと怪奇大作戦の美女と花粉っぽい。みずから遅効性の毒の花粉のようなフェロモンをまきちらす植物学の美人女教授はモンスター。毒にやられたゼミ生徒は次々と淫蕩な悪魔に憑かれたようにひきこもり悶々となる。なかなかに胸糞だ。

ゴーストシャーク(2013)

どことなく悪魔のいけにえや溶解人間をおもわせるぬるっとしたカメラワークだ。夕陽が印象にのこるのだ。そんなかんじで鮫にのろわれた入江の部落が舞台。因襲の老人と無法の若者がせめぎあう。せめぎあうだけで人物がふかく描写されない無機的即物的な群像ホラー。水のあるところならプールからトイレから自由に移動可能な四次元ザメ。でもそんなふうにミラーマンとかのハードsfチックよりにかんがえず。仮面ライダーの怪人のようにガバガバな演出のザルさゆえの神出鬼没さそれがきわまったとかんがえたほうがおもしろいしこわい。ただ。飲料水生活水にまぎれた病原菌による鮫の幻覚をともなう感染症映画としてみると。それもこわい。それよりも凶事の兆候の青白い光をチェレンコフ光とみるほうがもっとこわいかも。タイムリーだし。

2023年9月12日火曜日

武蔵野夫人

ヴェンダース小津の東宝作品がよかったのでゴダール溝口の東宝作品ということで期待してみてみる。撮影はゴジラ浮雲の玉井正夫だ。いわゆる白樺林をセレブが散策するジャンル映画としての高原映画。地平線のむこう東京への爆撃がゴジラチックな特撮。婦女子に配給される青酸カリ。防空壕ほってたらでてくる人骨。いやがる婆にうれしそうに手にしてちかづく爺。婆即死。墓場で爺遺言即葬儀シーン。ギャグかとおもうぐらいまがまがしい。爺葬儀中の空襲警報でいきなり戦後にタイムスリップ。謎の復員兵帰還でまきおこる犬神近親相姦異常性愛相続ミステリー。季節がいつも夏なのは地球によくにたパラレルワールド武蔵野パークをえがいたタルコフスキーチックな田園sfだから。音楽も映画音楽というより遊園地や行楽地でながれる宣伝音のような過剰さで武蔵野ふくめ戦後のすべてがテーマパークで作り物。といわんばかり。田中絹代がウエストワールドのユルブリンナーみたいなロボット感でまさに武蔵野夫人その電池がきれたかのようなこときれかた。武蔵野パークの創立者先代進藤英太郎博士によって建造された乙女ロボットが武蔵野パークから一歩もでないで武蔵野パークをけなげに一人まもりぬく。なかなかせつない。で本作もしかしたら赤線地帯にまさるともおとらずの自分大切な心のわすられぬ作品になるかも。風と共に去りぬ級だ。田中絹代はロボットみたいだが同時に少女のようでもある。とんでもない名演だ。戦災でやけだされ千と千尋な奉公にだされた孤児のようにえんじている。武蔵野が東京の下町のようなストリートにみえる。それも洋画っぽくニューヨークのコニーアイランドばり。

2023年9月9日土曜日

ヒエロニムスの下僕

ヒエロニムスの下僕。ウルトラqダークファンタジー。ずばり本作筆者的に下水道映画の大傑作とさせていただく。男がハンカチを液化されたさい。手の平の一部も液化されたのか。いたそうだった。ヒエロニムスマシーンの作動音はまるで排水口がたてるあのゴボゴボいう不快音そのもので下水道映画マニアとしてはたいそう心地よく興味ぶかかった。本作。そんなウルトラqダークファンタジーのなかの一本。さかのぼりウルトラq2020年の挑戦での人間消失だが。あれは素粒子化して異次元にとびさったわけではない。一瞬のうちに液体人間化しそうみえるだけ。水たまりに足をかけた瞬間きえているようだがそうではない。水たまりと同化してしまったのだ。冒頭に謎のスライムが登場しそれに接触して人がきえているのをおもいだしてほしい。あれはまさに映画美女と液体人間そのもの。さらに。しらべると。スタッフも意識して意図的に映画の設定をテレビにもちこんだとかかれている。ということで以上をふまえての本作の解説である。ぜひよんでふまえてほしい。本作はそれでその不気味さこわさが二倍ましになるのだから。かさねがさね本作筆者的に下水道映画の大傑作とさせていただく。脚本の高橋洋はやはりリングという下水道映画をものにしている。レンタルビデオ屋の床下に古井戸があってそこにはやはり恐怖の液体人間貞子がひそんでいた。そんな映画だ。下水道世界なるものを可視化したラストカットの冒険も見事な本作ヒエロニムスの下僕だが液体人間は井戸地下水道下水道がその棲息域だ。液体ということで液晶画面のなかにもはいりこむことさえできる。インクや現像液にまぎれポスターや写真にもはいりこむことさえできる。一種の二次元人でもある。リングも本作もテレビやビデオのなかに人がとじこめられる。それはほんとうに気もちわるいイメージだ。かくして。液体人間たちはいつもはくらくふかい魂のダークサイドをおもわせる下水道世界のなかで悶々としているのだが。雨ふりの夜など窓にべっとりはりついたり。液晶画面から液晶画面をわたりあるいたり。して。液にふれたものをやはり液体人間にしてしまう。謎を謎のまま。にして。

オトノホシ

ガラモンは名前ではない。ガラダマに積まれたモンスターだからガラダマモンスターその略。ガラダマの飛来は侵略ではない。原子炉そのものの不法投棄である。セミ人間は清掃局員もしくは演歌ずきなダンプの運ちゃんつまり底辺労働者。廃棄場に派遣されガラモンを誘導。エイリアンのゴミ運搬宇宙船員って設定もたいがいに底辺だったが。ガラダマのガラはガラクタのガラでゴミアクタの意味もある。もはや侵略以上の始末の悪さか。ガラモンはロボットである。それも大きさすらまちまちな三流大量生産品。なぜならガラモンそのものが移動可能な原子力発電所だから。手や足の装甲は剥がれやすく使い終わったら使い終わったで厄介な旧式の原子炉。それを廃棄物用コンテナであるガラダマに乗っけて宇宙の果てから地球に向けて奴ら片っ端から廃棄しているのだ。ついでにゴミにICチップタグを付けるように電子頭脳の小型のガラダマまでおまけして。しかしそんなエコロジーな文明批評や詳細説明は表立ててやったんでは効果半減。ヘドラがそう。説明し過ぎ。そういうのは背景におしとどめてこそ真の文明批判なのだ。その点ウルトラqはすばらしかった。ゴジラ第一作もそうだし怪奇大作戦もそう。だからガラモンが動く廃原子炉であり制御不能で口からメルトダウンするとかという設定よりもいったん電波を遮断されるとふたたび電波を流してももう二度と作動しない点。つまり電波は墓場つまりゴミ捨て場所定位置への一度きりの誘導電波にほかならないという何かひどく無常感漂うあのラストそう文楽とか能とか今回のラストタンゴっぽい設定演出編曲の方が世紀を越えて残る古典においては何倍も重要なのだ。

2023年9月8日金曜日

007ゴールドフィンガー

スパイ映画と探偵映画のちがいはどんなところだろうか。事件へのとっかかり。か。探偵映画はあやしい美人の依頼人が事務所をおとずれ。スパイ映画はハイテクなツールで連絡がはいり探偵映画のようにむこうからではなくこちらから秘密基地めいた場所を訪問しこうるさい上司から詳細をきく。ところから物語がはじまる。第一作第二作でのボンドはどこか探偵めいていた。おかげでしっかりハードボイルドしてた。しかし本作のボンドはかかわる女という女がしんでゆくしハードボイルドというよりどこかボーヨーとしてて人間失格な太宰治みたい。つまりいきた人間感がなくその不死身さもどこか幽霊っぽいということ。そこが本作の。いや本シリーズの自分としては最大の魅力。逆に悪役が人間くさい。ブレードランナー味といえばよいのか。そんな傾向はいよいよ定着していくが本作が一番あやしくて怪作なシリーズ第三作。

2023年9月7日木曜日

フェイクプラスティックプラネット2019⁠

実は死んでいた系ジャンル。ディストピア奇妙な界隈の場末のネカフェには女の幽霊がいる。幽霊だから自分がいきているのかしんでいるのかわからない。こんな設定だとやりようによっては幽霊が自分の死因をさぐる幽霊探偵。クローンかサイボーグか異形の自分をうんだ組織をつきとめ復讐するSFアクション。解決しない不条理アートムービー。つまりミステリー調SF調アート調イロイロ料理することもできる。そんなことをおもいながらみはじめた。結果どれでもありでどれでもなかった。ホラー映画というよりもエクソシストタイプのオカルト映画だった。タクシードライバーのようにブルーススプリングスティーンなニューヨークダウンタウンストリートロッキンなあついテイストがいい。ラストの唐突な成仏も。炊き出しとかの場で上映されてそうなカソリック教会勧誘宗教映画。主人公の子の演技はもうちょっとだが親友で茶髪の子がよかった。明日の科捜研の女はこの監督の組らしい。

2023年9月6日水曜日

ゾンビの誕生ナイトオブザリビングデッド1968

正に仁義なき戦いのような集団抗争劇。立て籠った家はまるで都市のように広い。広く感じる。こういうパノラマ表現がロメロはホントうまい。恐怖と謎に満ちた二階。二界か。女の独り暮らし。だったのか。ノーマンベイツの母親か。そして地下室の地下グループのその唐突な見事な登場の仕方など続猿の惑星などは勉強すべき点が。拠点は本部は一階か地下室か。のディスカッションも素晴らしい。クライマックスははからずもの二階と一階のチームプレーで一瞬だが無敵要塞のおもむきに。ラストでの地下室の使い方そのスケール感。正に教科書というか密室ゾンビ劇の原点にして聖典。

2023年8月31日木曜日

第3話

テキストマイニングならぬ音声マイニング。よくあるシリアルキラーのプロファイリング物だけど。深めたら傑作になりそうな脚本。起こる全ての通り魔事件が一人の犯行ではなくて一件毎に違う犯人がのネットを駆使しての模倣犯。そんな事態を考えてしまった。今や時代はサイコパスを超えた胸糞さで。もはやディストピアとしか言いようのない暗黒さ。底辺同士がデジタルリアル問わず鬱憤を晴らし合うリアルsns社会。そんな暗黒時代だからこそ。細やかな情緒や人情が事件を解決だけでなく未然に防ぐ。これからのai犯罪時代の刑事ドラマは一周回って昔に戻るのかも。老刑事の奥さんの息子への無償の愛が犯人をシリアルキラーに追い詰める事なく傷害致死と模倣犯に逆に押し留めたのでは。そう考えると。泣ける。同じディストピアでも先日観た藤井秀剛監督の映画猿ノ王国が復讐心にアクセルし血みどろの結末になるのと対称的。

2023年8月24日木曜日

第2話

廃墟化したビルの高層階その屋上のペントハウス。犯人と疑われた被害者の叔父。勘当されて。野鳥探偵を開業。ペントハウスはその探偵事務所か。カッコイイじゃないか。傷天してるじゃないか。廃墟ビルの高層エリアは。野鳥も集まって来るし。ワケアリ女も集まって来る。しかし。ところで。それにしても。真犯人。ボロ船に死体を乗せて河流しとは。風流風情どころか時代劇かよな時代錯誤な怪談感。夏らしいと言えば夏らしいけど。

2023年8月20日日曜日

2023初回2時間スペシャル

櫻井武晴脚本兼﨑涼介監督。強盗闇バイト実行犯の若者二人が良い。移民スラムのような地区に住む大男は偶然の殺人犯に堕す。闇バイトを渡り歩いていたのか痩せた方の男。あんなに饒舌だったのに今じゃ別人のように負のオーラ濃く。挙げ句の果てが爆死。二人のアイダに人間的交流は皆無。真犯人は殆ど狂人なコンサル野郎。充分一本の胸糞映画っぽい。

2022年12月21日水曜日

2022最終回

 今シリーズ科捜研の女2022とあるように実体はリメイクだったのでは。何十年かたってが普通だが元の作品から連続してつくられたリメイクとかんがえたい。すると二台目マリコが現実的にあり得る。代を台としたのは実は都市伝説でマリコは科学捜査アンドロイドかも疑惑。それをつくったのが古久沢。古久沢自身によってシャットダウンされたマリコを土門がお姫様抱っこで救出。土門はマリコがアンドロイドだと知っている。

2022年12月14日水曜日

第8話

今期2022の科捜研オフィスはパーティションでくぎっただけの別棟建屋っぽくてひろくかんじる。それを舞台演劇っぽくいかしてワンカットながまわしがさえている。いかにも低予算映画っぽいところそれがなにより個人的に気にいっている。おかげでマリコの心象風景な推理シーンにも発展し。前衛的な印象になっている。怪奇大作戦でそれがいきた回といえば。かまいたち。

2022年12月7日水曜日

第7話

 容疑者いや目撃者は馬。馬に訊けば解るのだが。馬は喋れない。よって馬の記憶を辿る事になる。この人外の者の心理が主観となる面白さ。

2022年12月3日土曜日

らごんさま

 ないものねだりかもしれないが舞台は開発都市にしないで中央に巨大な水たまりののこる夢の島のような埋め立て地にしてほしかった。ひとりたちのかないで掘っ立て小屋にいすわっている老婆。怪獣使いと少年のようにしてほしかった。工事入植組は昭和でおなじみのプレハブ長屋。天岩戸とかださないで町の中心に酔いどれ天使のような巨大汚水だまりを象徴的にはいして。そこに引き込まれそうになる少女。ウルトラqダークファンタジーのヒエロニムスの下僕の下水道映画感。あんなかんじにしてほしかった。

2022年11月30日水曜日

犯罪予想システム

 科捜研の女2022。第6話。ラテ欄用サブタイトル犯罪予想システム。最新犯罪予測システムvs刑事の勘。ゲスト松下由樹。aiによる犯罪予測システムによって闇落ち傾向の人間を大量に抽出し近親者や本人に将来を悲観させ。でも大丈夫。貴方には教祖様が就いておられるから。とばかりにカルトへと誘導する。宗教とは心のワクチン。な。の。か。副反応が皆無の宗教ってあるのだろうか。不良少年とキリスト。

2022年11月16日水曜日

天才科学者VSサル

もはやレギュラー陣の方がサブである。男はつらいよもそれだからよかった。金八の収束が今一だったのは常に主人公がメインだったから。ただし一生徒が主人公だったパート2はのぞく。メインはその回毎のゲストの方で良い。前回はそのゲストが本当に主人公として主人公していた。新レギュラー準レギュラーがメインでも良いのだが余り上手く機能させ切れていないように見える。実際それは難しい。金八シリーズがそれっぽい事をやっていたが結果は上記した通り。今回は猿亀中国人万年助手の四者にもっとスポット当ててればと思った。

2022年11月9日水曜日

人体白骨化20日法

科捜研の女2022第四話。地方都市の漁港のちいさな町が舞台。底辺での屈折した青春群像。スタインベックの小説のような水びたしの鬱な時代と環境。だから。主人公のサイコパスな骨マニア少年化も自然。オタク少女との恋。少女の家庭。これだけで今風の胸糞映画がとれそう。犯行手段もいかにもツインピークスな田舎ミステリー。そんな複雑大河な題材をダイジェストにしたよう。怪奇大作戦の初期クールのようで。グロおおめで。こうきたか。主人公役もウルトラマン俳優で円谷がらみだし。正式に円谷プロここらで作品に参加してほしい。科捜研22。なかなかやる。

2022年11月2日水曜日

完全密室殺人実験

 科捜研の女2022第三話。もうすこし学部内の人間関係がほりさげられてれば企業ミステリーとしてみれたとおもう。ブローカーも悪徳探偵のようにからんでたし。ショッカー首領のような粛清学部長がいい。ほとんどマリコは解説者状態。でもそれでいい。毎回ゲスト主人公の犯罪科学者列伝でいい。

2022年10月30日日曜日

ペコロスの母に会いに行く

原爆にあったうえに苦界にきえるという永遠の幼馴染みを捜索するミステリー。の部分に一番やられた。そんなミステリーが100年にもせまるその土地のミステリーとしてしっかり成立するにはやはり原爆という。エガコウニモエガキキレナイ。ホントウニソレハアッタコトナノダロウカ。な。ギリギリのデッドライン。あらゆる人生を。事実は小説よりも奇なるものと化さしめる人類の最暗黒の極北たるデッドライン。また。あらゆる表現者の壁としても厳然と常に踏み絵のように。ある。そんなデッドライン。をこえてまでこの監督がえがこうとしたもの。それがファンタジーではなく。女探偵の。原爆の悲劇を追う戦時ハードボイルドミステリーだったということ。そこに一番やられた。認知症のその老いた女探偵は永遠の失踪者と共にみた或る日の教会の合唱その曲を手がかりに車椅子で歩きに歩き推理をめぐらす。息子との心中覚悟の彷徨の果ての最暗黒で不思議な郵便配達からうけとる手紙のあの回想シーン。その送り主を訪れる回想シーン。そのおさえた照明と音響。そのノワールな感触。それがあるおかげで本作。サブスクでみちらかすのではなくdvdでそばにずっとおいておきたくなるフィルムノワールとなっている。探偵職から解放され。バディである息子との。ラストシーンが。これまた実に良い。

2022年10月28日金曜日

ドライブマイカー

 家族を不気味な謎の感染症でうしなった主人公。公共交通機関も信用ならないディストピア。もはや安全な場所はなく古い愛車にひきこもる主人公。広島。北海道。無国籍。文明と心の廃墟を訪ねる旅。二十四時間の情事。ラスト。主人公の形見の車に異国の仲間となった証の犬をのせはしる再生した女ドライバー。感染症映画としてこれほどチカラをくれる映画は貴重。

2022年10月26日水曜日

AIで蘇った悪魔

科捜研の女2022第二話を観た。確かに怪奇大作戦化していた。実験的な映像や時にダークな迄のクールさ。そればかりではない。犯人と言うか科学者の人間造形。今回はaiと言う視覚的にも異形のモンスターと言うか超兵器で世に復讐。とても怪奇大作戦的だ。出来れば身体が無い設定なのでシアン発生装置は24年前に仕掛けられていた事にして欲しかった。実際は生きていての孤独で貧相なアパート暮らし昭和しててよかった。

2022年10月23日日曜日

自戒

 ここ。サボらないで。毎日。少しづつでも充実。更新しようとは思う。が。イカに。ただいま。すこしづつラベル。カテゴリーの追加。充実をおこなっております。なにとぞ。よろしくおねがいいたします。

2022年10月21日金曜日

アーカイブ

 ヤフーボックスもアップ不可のダウンロードアーカイブになってしまったが懇意にしてた小説投稿サイトが投稿コメント不可の閲覧のみのアーカイブになって実質終了していた。

2022年6月15日水曜日

聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア

学会で登壇もするような名外科医の父親。ゆがんだ父性を反映していびつな一家だ。そんな父親がショッピングモールからひろってきたホモ相手はダミアンっぽい下世話な少年だった。長女の同級生を騙ったり医者志望と嘯いたり父親はすっかりペースにのまれ職場や郊外の屋敷にまでいりびたられる。医者と患者やその家族が一線をこえたりちかづきすぎるとろくなことはない。患者遺族が悪魔教団だったりナチ残党だったりろくなことはない。もろアイズワイドしてるが診療科目がかわるだけでここまで生理的にかつ気もちわるくなるとは。つまり精神科ではありえない余命宣告。みはなされ退院はての劣悪な自宅療養。いつもはする側がされる側にされてしまうということだ。いかに人徳な名医とされている存在でも自分では気づかず残酷な権威となって君臨横暴していたかをおもいしらされるのだ。徹底的に自身の技術と人脈を過信しその最新医学力だけで応戦しようとする父親。技術と鉄のハートが仇となりそうではらはらする。そして一番おそろしいのはその最新最高権威の医学でもはがたたない人智をこえた相手だということ。まさに伝染病蔓延による人類滅亡その最終局面最高権威王家の最期をえがく地獄絵図。王家の一人を神の生け贄にささげなければその災厄はとまらない。王とは父親とはセレブとはそれをも自分できめなくてはならない。この期におよんでも一族の存亡からはなれられない。因果まさにギリシャ悲劇。まさにセレブ地獄。いがみあう隣家同士がばったり顔をあわせるファミレスな郊外の魔がえがかれている。家族と少年だけで人影もとだえた郊外のファミレスまさに静の終末風景。街ではゾンビがあばれて動の終末。

2022年6月14日火曜日

サイコ2

 中盤。人間というより建物が主役。20年の薄汚れた劣化が効果を深めている。それらがしっかりと再利用されレベッカなどのようなゴシックロマンス映画として立派に成立している。こんなロマンチックな感じは前作には微塵もなく面喰らうくらい新鮮。それどころかモーテルと母屋が繋がっているような錯覚さえあって空間がねじれたsfのようでもある。いやもしかしたら母屋の覗き穴はディスプレイになっててモーテルの監視カメラ映像がそこから見えていたりするのか。これなんぞスパイ映画っぽくもあり更に新鮮。これに先立つ今作前半ノーマンの出所受刑者のようなズタボロ感だが。男臭く土埃立ちそうなアメリカンロードムービーしててそこがしっかり前作の前半とシンクロし同じくハードにフィルムノワールしてて良かった。問題は後半だ。前作はノーマン単独のシンプルなサイキックホラーだったが今作はエイリアン2の如く今度は戦争だと言わんばかりの誰もがサイコパスってか状態で超能力者バトルロイヤルならぬサイコパスたちによるサイキックバトルロイヤルのカオスと化している。精神科医なんかキャリーばりの念動力で念入りに何度もころされるし。ラストでは中盤ロマンスした相手の死の復讐も果たし全てに勝利するノーマン。モーテルの看板に灯を入れ。母の為の母屋の暖房にも石炭をくべ。実母の影を映す窓の母屋を背にモーテルへと向かうシルエット。そうもはや純愛一直線生涯素人童貞貫くフランケンシュタイン系不死身ゴシックモンスター。治療者や模倣犯なんか寄せ付けもしない近代的価値観がナンボのもんじゃいな筋金入り完全無欠サイコパスマシーンノーマンベイツってば素直に無茶苦茶カッコ良い。完全にマーベルコミックのダークヒーロー。聖なる邪神の剣の特注キッチンナイフを手にディズニーホーンテッドマンション仕様の空飛ぶモーテルそのコックピットに乗り込んでアベンジャーズ入りだ。料理の腕もあげサンドイッチも前作より美味しそう。

2022年6月10日金曜日

昆虫大戦争

 これはsfではない。本作を観ればコロナで荒れた世界だから戦争が起きた訳じゃなかったとわかる。冷戦体制の復活マイクロ核の氾濫モラル低下など。それらが原因して。何かを予感したのか。辺境のウイルス。本作では昆虫。が本能的に反応して人間界に溢れだした。にすぎない。ある種の免疫反応。まるで神々の深き欲望のような大地信仰の原始宗教宗教映画。

2022年6月3日金曜日

六月の蛇

 これは塚本版の生きる。雪が雨に置き換わっているが。変態でもカメラを突き詰めれば人助けが出来る事を教える。お互い引きこもりで潔癖症の仮面夫婦がいかにもな金持ちで。生きるの役人のような。官僚主義に染まりまくった卑屈人種。こんな人種がディストピアを形成する。余談だがイヤホンがローターのようないやらしいツールだと気付かされた。ワイヤレス化でさらにいやらしく。

2022年5月31日火曜日

白線秘密地帯

 特に天知茂が印象的。ドキュメンタルな作風に全く相応しくない人生直滑降な人格破綻崩壊っぷりでdvの果ての唐突なピストル自殺。もうこうなるとホラー映画のモンスターだ。ラスボスが住む旧赤線街そのゴシック城が集積したかのような怪奇な雰囲気と住人の存在感。その相乗効果。

2022年5月29日日曜日

KOTOKO

 苛烈なブルース映画。南部から出てきて都会の川沿いのスラムで生きるシングルマザーの狂気と孤独。ビリーホリデイの歌うサマータイムの歌詞そのものの世界を今風に当地風に翻案。神の歌ゴスペルではない悪魔の歌ブルース。歌うは黒魔術の女王ブードゥークイーン。彼女には一人の人間が天使と悪魔二人に見える特殊能力がある。

こおろぎ

 あのカトリーヌドヌーヴとデヴィッドボウイのハンガーみたいな吸血鬼映画。天草四郎の五島のように伊豆にも隠れキリシタンがらみの吸血鬼伝説があったことをにおわせるあたりたるや新東宝女吸血鬼や呪いの館血を吸う薔薇のような。大日本吸血鬼映画を誇示して好印象。

2022年5月5日木曜日

劇場版

 全体的にしぶめの京都をおしだしたロケ地のうつくしさが印象的。クライマックス超マニアック。一転しホラー全開。そう怪奇大作戦。保存液をあびてマリコの眼が充血。これは呪いの壺。洗脳されおびきだされふらつく廊下。これは京都買います。なんといっても怪奇大作戦な夜道と小早川家の秋ばりのワープ感覚が出色。とにかく東福寺通天橋これで二重の巡礼聖地に。安易な感染スペクタクルではなくその先にあるディストピア化を静かにテーマにしてて良い。

2022年5月4日水曜日

ゴジラvsビオランテ

沢口靖子の魂が小高恵美とビオランテに分割転生。高嶋政伸の防衛隊員とともに悪のゴジラと毎回バトル。変則的設定だがウルトラマンそのもの。vsシリーズどころかミレニアルシリーズにもつながるテイスト。どうりで人気作なわけだ。vsミレニアル。いやいや。科捜研の女にもつながる。まさにレジェンド作。

2022年2月10日木曜日

デジタル舞子殺人事件

 舞妓もアンドロイド化。古都はもはやディストピア。仮面ライダーゼロワンヒューマギアが暴走し悪の管理化におちてマギアとされたように何者かがデジタル舞子システムを暴走させ殺人計画をしこむ。

2021年12月2日木曜日

犯人オーディション

 犯人が元アイドルで。売れなくなって引退中に引きこもりになって母親にdv。で車椅子沙汰。それを隠しての芸能界復帰の為のオーディション合宿。ドラマにしてはかなり鬱なdv回想シーンだった。胸糞な犯人像。せっかくイケメンぞろいならもっとblっぽさとか少女漫画っぽさとか欲しかった。干し芋とじゃりン子チエの鉄っぽい父親のガンバリ。まぁそれもアリだけど。

2021年11月25日木曜日

マリコvs鑑定王子

 ふるさと納税というデスゲームにまきこまれた三人の若者たちの悲劇。地方出身者の悲哀がえがかれている。地方への国家予算はかぎられた税金そこに人気投票型のシステムを導入することで国は枠のうばいあいとしてしまった。それはあたかも近未来ディストピア国家のよう。ミステリー解決の鍵は長スパンの歴史でおこった太陽フレア異常期というsfっぽいトリック。

2021年4月17日土曜日

怪獣残酷物語

 ウルトラファイトの魅力はそのロケ現場にある。竹林の中や石畳の海岸それも人影のない。それはまるでsmやアオカンのブルーフィルムのようである。ただただ永遠にくんずほぐれつしているだけ。そういうところが両者共通している。企画者関係者がいかに怪獣にエロティシズムをかんじるタイプの人間なのかがよくわかる。

2021年3月1日月曜日

24年目の復讐

 最近。本24年目の復讐の地獄の黙示録との相似に気付く。奥地の人間離れした最強殺人兵士部隊に主人公がシェイクスピアっぽい運命的血縁の不条理もしくは狂気で導かれ。船で向かい。遭遇するという。趣向まで同じ。カーツのようなドクターフーがミステリアスに教祖じみている。一言も喋らないので深い暗黒の思想性宗教性政治性が滲み出す。ロケも地獄の黙示録同様効いていて見事なベトナム戦争の掘り下げ回。

2021年2月16日火曜日

あけてくれ

 ユートピアとディストピアは紙一重なのだ。サラリーマンの悲哀というよりガチガチのaiが支配する監視社会管理社会ディストピア物語として観た。完全に濃密過ぎでウルトラqを逸脱した独立な短編映画の名画として成立。カーラジオからの尋常でない渋滞情報はまるで首都脱出のようなウィルスか何かのパニック感ですらある。突如。黒封筒に施されたペーパーディスプレイ越しに出現する友野の顔はまるで1984年のビッグブラザー。ハタマタ赤死病の仮面のプロスペロー王。汚染された下層現実社会から。ヒトリ。逃れ。君臨。aiの神に仕えるカルトの教祖のようでもある売れないsf小説家友野。監視社会管理社会へ直行のインターネットaiテレワーク引き籠りの今日の如き不要不急業従事者の現状。を風刺予言しているようで本作。自分の中ではその脚本も徹底して硬質なのにどこか粘着質で不穏な演出もダブル主演の柳谷寛氏と天本英世氏の名演もゼンブ含めゴダールのアルファヴィルに並ぶ逸品。地下深く見知らぬ都会の隅の自動運転エレベーターで潜って底にあった海に浮かぶユートピア。その造形が何とも遊園地。地下に降りたはずなのに青空と海のデパート屋上ってなここのシュールさは諸星大二郎の漫画にもあった。宇宙ステーションから自動車から何から何までインターネットに繋がり空を飛んでいる。ラストでは相変わらず柳谷氏が千鳥足でさ迷う。もはやゾンビ状態。電車が空を舞う夜の雰囲気。どこかそのヤケッパチさが酒場街にある映画館で観るフカサク東映ヤクザ映画テイストもありツボだし。更に四次元列車から帰還しただけなのに精神病患者どころか高リスク感染病者のように厳重真空減圧強制隔離された女性も怖い。怖すぎる。壁には。この女性が描いたのだろうか。暗黒宇宙絵画。まるで映画マタンゴかエイリアンを想起させクトゥルーっぽい。追伸。洋館お手伝いさん小田急ロマンスカーの3点セットはそのままウルトラセブン緑の恐怖に。円谷一氏のそのメタな遊び心と絶望セカイ系体質に目眩しそう。

2020年10月21日水曜日

かまいたち

 地下街の夜。街はずれは川と橋ばかりの町。街工場の騒音と排水の流れる音が一日中ラジオの音に入り雑じって辺りに満ちている。上空は煙突の煙で昼尚暗くすぐそこの手の届きそうなガスタンクの屋上すら有色ガスで見えない。不思議な事にこの界隈にはマンホールが一個もない。たぶん街で一番の低地であり最も底に該当する地区なのだ。ゴミばかりでなく人も流れ流れて吹き溜まる。ぬかるんだ酷道の両側にはビデオカフェかマネキンを飾ったパチンコ屋しかなく舗道には錆びた廃玉や濡れたエロ本が棄てられ踏んでしまうと転んでしまい危険極まりない。よく見るとシャブやピストルの玉のような物も混じっている。治安も悪い。どのビルの壁面にも窓はなく排水口がいくつも並んで口を開け汚水を始終垂れ流している。臭い。以上。囚人カマイタチ氏の専任歯科医が覗いた。氏の。口腔内風景。

2020年9月16日水曜日

雑音と無音の因果律

エレベーターや地下鉄の怖さは次に停車する場所で起きている事がたとえ先頭車両にいたりモニターカメラがついていたりしたとしても乗客からの視界が酷しい為これが地上だと明るさ開放性から線路上に異物があったりしても確認しやすいのだが目視できず緊急停止できなかった場合は自動的に次停止場所まで強行し停車してしまいそれどころかドアまでもが自動的に開いてしまうところ。最近のエレベーターには外から中を見れるモニターがついている場合もある。でも次階のエレベーターホールの様子が内から見れるわけではない。それだけでもじき到着するエレベーター内に怪物がいる場合にはわかるのでありがたいが。でも幽霊だとカメラに映らないのでドアが開いてビックリなんて事も。さて地下鉄車両においても車内から次のプラットフォーム上で何が起きているのかを確認できるようにならないだろうか。プラットフォーム上で暴れている怪物が乗り込んで来て修羅場と化すのをそれで避けられるのだが。事実は小説より奇なりでプラットフォーム上を発狂スプレー噴霧しながら駆け抜ける奴なんかがでてきたりしたらと思うと。おちおち音楽も聴いてらんないしスマホも弄ってなんかいらんない。恐ろしい世の中になったもんだ。

2020年9月15日火曜日

果てしなき暴走

端から白眼が充血していくのではなく黒眼中心から血走っていくという仰天発想またそれを見事に再現した光学特撮のセンスの良さにまず脱帽。いかにも脳の深部から狂っていってってるって感じが伝わってくる。ダサい出で立ちで一見浮いているようにみえる助さんの自らが実験台となってのハイウェイでの排ガス採集ミッションだが。これがあることで本作がいかにブレードランナーにせまるsfフィルムノワールであるかがよくわかる。ご丁寧に脱出後に車が落下炎上する場所が荒涼とした墓場というのもいかにも近未来ディストピアだし。やはり近未来ホラーの超傑作フェリーニの悪魔の首飾りにでてきたハイウェイを思い出した。

2020年9月2日水曜日

渋谷怪談 THE リアル都市伝説

隙間男って実は黴男ではないだろうか。毒々しい緑色してたし。押し入れの上や流しの下など黴の生えそうな所を胞子状になって自由に往き来できるのではないだろうか。だから隙間の向こう側の暗闇は四次元空間のようにさえ感じられ。ラスト。主人公のトイレに逃げ込んでのくだり。その絶対的無意味さ。からの。絶望感。と。きたら。さらに考察して。隙間男の犠牲者なんだけど。色こそ緑色ではなかったが。全身の表皮がやはりぬめっとした何かに覆われていた。あれは。やはり。あの姿は黴男の胞子に感染。ということなのでは。そうなると小中学生向け学校怪談っぽくお茶目な妖怪じみて語られているが隙間男。ってオトナのsfホラーオタク目線だと。感染としての。さらに性感染としての。象徴。と。必要以上にリアルに捉えなおせ。で犠牲者が全て思春期ザカリ美少女ということも考えあわせると。これはかなりヤバい。し怖い。

2020年9月1日火曜日

かかし

和ものだとロボットって鉄腕アトムからきているのだろうがイイモン役がおおいけれど洋ものだとロボットって逆にロボコップとかの正義派のほうがすくなくゴーレムやフランケンシュタインとか結構バケモンとか悪役ってかんじの伝統がつよい。これ本作も本来は笠地蔵などの方向性にいくべきなのだろうが叙情心情どころかまったく正反対にいっちゃってる。だからおもしろい。それどころかテッテー的に即物的にえがかれててかかしがまるでモンスターのようなあつかい。かかしのボロボロさが壊れかけのあのターミネーターにさえみえてじつにホラーしてる。ラストももやされるというようなスペクタクル描写にさえなっていて舞台がのどかな日本的田園風景なぶんよけい無国籍無歴史な異様な舞台設定にさえ異化されみえてくる。のどかな昭和田園風景に地底ロボットや巨大原子力宇宙船が登場し宇宙戦争の戦場。不条理ディストピアとかすあの東宝特撮映画の怪作。地球防衛軍のようだ。比較し本作けっしてほめすぎとはおもわない。傑作である。

2020年8月27日木曜日

吸血地獄





崖っぷちをドライブ中のカップル文字通りだし何かを象徴してもいる。運転する男がやたらハイテンション猛烈に事故のフラグがたちまくっている。酒に酔っているのかヤクでもキメテイルノカ案の定対向車をよけきれず正面衝突いやよけたせいで崖下に落ちたどっちなのかその辺が曖昧なままフロントガラスが割れアニメっぽく人工血液が飛び散るという抽象的な象徴カットで画面は葬式現場に切り替わる。ここの切り替わりは何度観てもぶつぎり感が凄くやはり極めて異常としか言いようがなく加えて死んだ女の棺から取り出したのか棺に納めようとしているのか男は薬物の小瓶を手にしこんな物飲まなければなどと言っているこれもよく考えると変何より葬式の様子が変その他大勢の振る舞いが全員よそよそしくバラバラで勝手なことばかりしている我関せずで現実的手ごたえが全くない。変なところが長回しだったり変なところがワンカットだったり。兎に角変何か普通と違い浮わついていてドキュメンタリーっぽくも陳腐な学芸会ノリ再現ドラマっぽくもある。円谷一氏の演出の他の作品ウルトラセブン侵略する死者たちの冒頭第三病院をフルハシが訪ねた時の院長の応対のちぐはぐさとかウルトラqあけてくれの冒頭一平がおいてきぼりをくらう所の唐突さとかよく似た異様さなのだ。やはり本作もうすでに冒頭から異次元トリップ夢おちなドラッグフィルム感バリバリに振り切れてしまっている。そんなツブラヤハジメ氏はさりげなくなにくわぬ顔でドラマにメタフィクションという地雷的なモンスターをここ怪奇大作戦でも子供相手に平気でぶちこむようなそんなナイスオトナコドモな屈折好漢なのだ。結局本作ラストのナレーションまで視聴者まきこんで大風呂敷の大嘘っぱち真実は崖下に落ちた車だけ投げ出された男女だけ海岸なのか山肌なのかはわからないそんなマットペイントカキワリ状の岩の隙間にアニメっぽくドクドクと満ちる人工血液郵便配達は二度ベルを鳴らすを観たくなるくらいな乾いたハードボイルドさだ。本作の実体そんなエンドロール部分冒頭の事故シーンとこのシーン正味それだけであって吸血鬼がどうとか死後復活がどうとかドラキュラの末裔がどうとか実はすべてなかった事なのだ。ただヤクはヤクをキメての運転はアブナイですよとさらりとながしてうまくかわしている様子だけなのだ。スポンサーが製薬メーカーだったり売血など当時の放送禁止の時事的話題をあつかっていたりというのもあるかもしれないそれだけただただそれだけな良い意味での陳腐すぎるストレートすぎるテレビ三面記事ウィークエンダー再現フィルムそのものな内容。そうだからこそ本作まさに奇跡的暴力的ヤケッパチ青春ドラッグフィルムたりえている。成功失敗を越えた作例で筆者はその魅力にハマってしまって金輪際ぬけだせそうにもない。ウルトラの父と母ともいえる名コンビが最後に放屁したアニメとドキュメンタリーとベタすぎる特撮が渾然一体となったパンクな作品。


2020年8月6日木曜日

エレベーター

安全上。最近はホームドアどころかモノレールのとかはホーム全体がガラスばりの駅さえあって安全かつ近未来な感じがして良い。でもたしかに駅って色々あって。モノレールはプラットホームが空中なので危険だからガラスばりなのはわかるとして。古い地下鉄の駅なんかどこまでがこの駅のプラットホームなんだよってくらい長く横にひろがって闇の奥に続いているなんてのもあった。このままいけば隣の駅と柵で隔たれた地点さえあってホームがつながっているんじゃないかとか。または。途中の夕闇の中で田舎の無人駅のホームのようにとぎれてしまっていてそのまま今は使われていない廃線線路上にポツンとなげだされおき去られるんじゃないかとか。色々妄想がひろがってしてしまう。さてさっきの近未来駅だが。それだとまるで駅がエレベーターホールと変わらなくなってしまいということになってさえしまい今度はエレベーターで妄想がひろがってしまう。エレベーターの坑道内を何機ものカゴが電車のようにはしっているのだ。もちろん。時刻表どおりに。だ。カゴも車両連結化しててホームというかホールというかそのドアも複数。エレベーターホール内には壁画製作現場でみられるような鉄骨足場みたいなのが持ち込まれている。そんなヘンな妄想。それどころかエレベーターが走っているのも球形の上の線路のように無限軌道上だとさえ考えてさえしはじめてさえしまうのだ。例えば地下のない一階どまり本マンションのこのエレベーター。無限大の山手線。ターミナル駅で終わりではなく終着駅の更にその先その先。じつは無限に深いエレベーターピットを有している。階数表示されないが裏操作取説がある。分厚い時刻表だって我が管理人室には完備されてさえいさえさえするのだ。底には地下水や比重の重い有毒ガスや一酸化炭素が溜まり死体が折り重なっている。何機に一機かはそんな冥界への下降用として幽霊達に使われている。反対に上り線だってある。いつの間にか誰もが自分は今エレベーターに乗っているのか電車に乗っているのかわからなくなる。だってほらもはや現代人はエレベーターのgを電車の加速と同じように感じなくなってさえしまっているではないか。リアルとヴァーチャルごっちゃになったネット社会。のように。そうなるとエレベーターの坑道も地下鉄の坑道のようにその闇の中すみずみ魑魅魍魎がゾンビたちが満ちてくるんじゃないかな。そんな気さえしてくる。

2020年7月27日月曜日

リモートで殺される

これは寄宿女子学院を舞台にした閉鎖空間少女漫画風ホラーである。あのサスペリアさえ思わせるような。最も怖い点。なぜ次々とリモート画面越しに殺されているのに誰も部屋からにげようとしないのか。だ。普通そうする。それは逃げられないように学園当局側にそうされてしまっているからだ。そう。彼らはドラッグ遊びの罰として学園当局に各々その後その心の独居房に幽閉されてしまった。共犯者イシキは深刻でこのジゴクなシナリオ設計。スバラシイ。だからリモート。そんな闇をかかえた者同士おこなうまるで歪なコックリさん的降霊術儀式めいてブキミに成立しまくっている。そりゃ皆こころの密室状態で逃げられない訳だ。そう自分は解釈した。そしてこのココロの寄宿女子学院こそ実は。我々みずから今ハマって抜けられなくなってしまっているモバイルコロナディストピア世界その比喩ソノモノ。本作マサに着信アリのリアルタイムバージョン。で。楽しめた。キャスティングも不穏でナイス。やはりリング回路着信アリこれらデジタルテクノロジー系ホラーの系譜は面白い。自分ワンセグで観ていたのだが途中で電波不良を起こし画面が例のカクカク状態に。丁度ネカフェ殺人シーン。また。それが。雰囲気で。雰囲気で。もしかして?みんな?そう?

追記。屋上でサボりがちの孤独な超能力少女を同級生達がイジメでアジトの体育倉庫に監禁し透視実験を強要したら学校全体が負の力に呪われている事が判明。彼女の超能力をしても同級生を守りきれず同級生達は次々に殺される。

2020年2月5日水曜日

雪崩

ガードマン側からみればルノワールの名画輸送ミッションのフィルムノワール。脱走犯側からみれば山岳ロードムービー。おいしいところどりである。のっけからツインピークスばりの不穏な音楽と製材所などの郊外風景。やっぱり白黒映像はカッティングの。編集の。妙がいきる。白黒画面の雪の山脈ははるか日本ばなれ現実ばなれしていてじつにノワールなうつくしさだし。ロケの大変さもつたわって。やっぱり初期のザガードマンはチカラのはいった名作である。マナベ参謀の白衣の名画修復師が円谷なsfムードをたかめてくれていてうれしいかぎりのでだしでもある。途中国道から酷道へはいるあたりからはまたべつのこんどは網走番外地っぽい大人なムードにシフトチェンジだ。でも。なぜか筆者的にはウルトラq。ガラダマやガラモンの逆襲をおもいだす。まとめてセットにして観賞しよう。さて夕闇せまり。ご都合主義な不整合感もありゴシックでダークなかんじな限界集落のポツンと一軒家。繰り広げられるドロドロの男と女の愛憎。その女が岸田今日子だったらもうこれは。砂の女。なんだが。でも市原悦子もそれにせまる不条理なたたずまい。そんなファムファタールさのおかげで。そのスペクタクルな幕切れはもはやカフカの城のような唐突な強引なまとめおわりで不条理感特撮感sf感さえただよっている。もしかしたら遠景のアルプスは東宝特撮のようなマットペイントだったのでは。いやはやじつにすきなテイスト。高橋悦二がガラモンにみえてくる。いや等身大だから不良ピグモンか。その怪人っぷりはじつにいい。登場がバイクファッションだったからか。大友克洋の漫画ハイウェイスターのあのダークヒーローのようなかっこよさだった。

2020年1月26日日曜日

女王陛下の007

アルプス山中で細菌兵器としての高級娼婦を育成培養。し。彼女たちどこかクローンっぽい。世界の要人へとばらかんものとするまさに女の敵中の敵のような近未来型ドラキュラ伯爵そのものなスペクター首領ブロフェルドをえがくダークすぎるホラー映画中のホラー映画だ。その設定のグロさキャスティングのシリアスさは鬱映画一歩手前。このギリギリ感がサイコー。たちむかうのがシリーズ中異色中の異色の超フェミニスト型007ボンドということでタイトルの女王陛下の云々というのは最高にマッチしている。まちがいなくぶっちぎりのシリーズ最高傑作。本作の遺伝子なくしてシリーズの21世紀までの延命はありえなかった。同時にこれさえあれば22世紀までも延命可能そう。だ。ともいえる。まさに重厚長大冷戦マッチョ時代価値観当時における駄作失敗酷評作が100年スパンで古典的芸術作品化するのをみるおもい。まさにシェイクスピア級である。そのドロドロな脚本世界にスピード感のある無機的な切り返しの速い編集の映像が乗っかる見事なコンニチ的サマも。なんともいやはや時代先取りである。古さを全く感じない。本作もはやそのアクション場面。ホラー映画のショック場面それと同質の物と化している。痛みさえ伝わってくる殴りあい。暗く底無しの谷底におちていく悪党たち。極めつけは雪かき機に取り込まれ肉塊に。そして。なんといってもこれでもかの人工雪崩のホラーな描写。まさにまさに皮膚感覚レベルでしっかりとした体裁のホラー映画となっているのには。まいったというしかない。でも。腹一杯になるどころか何度もすぐに繰り返して最初から見直したくなるバランスのとれた硬派なゴージャス。さ。がある。そう華麗なアクションや美しい風景によってしっかりとオブラートされているからだ。見事というしかない。こういう作品をこそ私的偏愛フェイバリットというのだろう。

2019年12月16日月曜日

土門刑事の選択

すべてはラストの屋上シーンに込められている。呆気ない別れがこの二人には本当にお似合いだ。ただ一陣の風が吹いただけ。本作をドライでクールな硬質のハードボイルド刑事ドラマとするなら正にコレデヨシとなる。同時に怪奇大作戦の京都買いますみたいでホントしぶくておもしろかった。個人的には今後の土門刑事にはより孤影。哀愁の影帯びがつよくなる。

2019年12月6日金曜日

土門刑事の妻

発端はよくあるトップ屋絞殺殺人。二週連続前後編。土門刑事編である。亡き前妻がからみ死んだとおもわれていた旧友が生きていた。京都の古寺を舞台に幻の亡き妻と旧友の亡霊をおうマサに第三の男のような渋いエピソード。もしくは怪奇大作戦の京都買います。20世紀末の荒れた世相ノストラダムス学生サークルの集団自殺事件。マサに廃墟のウィーンのように描かれる1999年の京都が重ね重ね渋い。そして現在。警察上層部の隠蔽。背後にある巨悪を捜査からはずれ男として刑事生命をかけ孤独に追い詰める土門。いつになくマリコが切ないオンナをかんじさせてくれるような演技もあって実によい。前回のホステスマリコの真逆。さて後編へだが。大恋愛編としてマリコは追いすがる女になるのか菩薩のような巨大なチカラをみせるのかやはりロボな鉄の女のままなのか。目がはなせない。クリスマスがらみ。ふたりの切ないラストクリスマスになるのか。それとも。

2019年11月30日土曜日

ミステリーの達人 ドクターKの失敗

冒頭。子供の秘密基地でもありそうなクサッパラ。紙芝居のような演出。聖地巡礼なるオタク用語がネックの話だったが捜索対象をオタクどころか文盲の元受刑者へと松本清張ばりのスケールに純化。そのせいでオタク用語の聖地巡礼がまさに四国巡礼か聖フランシスコの巡礼ばりに深く重く。京都界隈のたった一日の巡礼エリアだったがスケアクロウなアメリカンロードムービーのような抒情さえたたえてナイス。そのスケール感はまさに砂の器といったところ。劇中劇に少年探偵団風がからんだこともありキーパーソンの小説家がまるで怪人二十面相のようにも。乱歩と清張の世界がジュブナイルファンタジーの手法によって見事に融合。名演。名作。特筆はマリコがまるで少年探偵団の少女メンバーのようにキュートで健気な活躍っぷりだったこと。あと蒲原のわんぱくさも探偵団しててよかった。そういう意味でもファンタジー回。先週の鉄オタといい二週つづいてオタクが被害者のエピソードだったが二作ともおもいっきり全年代オタク擁護の感動作に仕上がっていてこんなリアルタイムな御涙頂戴は好感。

2019年11月10日日曜日

吸血地獄

本作ニーナを完全主人公の物語としてみなおすととんでもないものがみえてくる。主人公役が外人俳優で。こちらからの感情移入がしにくくなるようにわざわざとしてある。という観点から。まるで人形浄瑠璃の心中モノや歌舞伎の四谷怪談そんな中世不思議グランギニョル人形音楽劇な人工様式美の色彩を帯びてくる。といおうとおもえばいえるからだ。ドラッグ地獄に堕ちていくグラサンロッカーな飼い主を必死で守る背後霊守護神ペットの物語とでもさえいおうか。そうハチ公忠犬物語のようでさえもある。ラスト。崖の上での。周作の手首から血をすうニーナ。あまりにも哀れ。というより。あれは健気の姿なのではないだろうか。主人公の傷を舐めるセラピードッグのような。そんな風にみえてきはしないだろうか。それを突き落とすようにして自らも身をなげる周作。そんな愚かな周作さえ赦すニーナ。そう本作はあのフェリーニの道なのだ。ニーナの顔が元にもどるのは周作への憐れみ。あれはもはやニーナは菩薩となったアカシ。ニーナはジェルソミーナ。映画浮雲。森の妖精の化身がベトナムから日本についてきて戦争に心身傷ついた男たちに尽くし尽くしきったように。本作はポーランドからついてきた少女吸血鬼の無垢。イノセントを描ききっている。死んでも死ねずどこまでも周作のあとをけなげに付き添ったニーナ。周作の名を呼ぶニーナの声が耳からはなれない。

2019年11月8日金曜日

育てよ!カメ

見事な下水道映画である。虚言癖の少年がギャングに誘拐され下水道のアジトに連れ去られる。持っていた亀が巨大化。逃げ出すギャング。好立地とばかりに少年は下水道の秘密基地での。現実から逃避した夢と幻想まみれの亀との暮らし。を始める。そんなある日。亀によってさらに地下の下水の大洋へと少年は導かれる。そこにはマンホールチルドレンのようにして暮らしていたのか。先の戦争犠牲者の少女の幽霊が竜宮城の乙姫としてムー帝国のマンダを従え君臨していた。少年は戦争犠牲者のような汚濁の姿に変えられてしまう。しかしそれは少年の下水の汚水に溺れた際の悪夢だった。無事少年は帰還。しかし下水道に繁殖したその不思議なトリップ作用を持つ下水亀は子供達に大流行。高度成長を虚言癖に。忘れ去られた戦争を隠された下水道に。なぞらえ高度成長を痛烈批判。

2019年10月8日火曜日

どぶ

ツルちゃん。このキャラクターはもったいない。はやすぎたバットマンのジョーカーなのか。裸の大将系アンチヒーローダークヒーロー風味のバリアフリージェンダーフリーヒーローとしてシリーズ化してほしかった。ころさないでほしかった。毎回ふらりと全国津々浦々のスラムにあらわれては働かない男たちに一旦は金蔓にされかかるが健気に街娼業にはげみ男たちを支え励ます。働く事の尊さ。働くとは何かを問い掛け遂にはスラム全体を健全へと覚醒させる。一種の革命家でもある。ツルちゃん。普段は化粧をしていないが街娼の時は変身ヒーローとしておかめメイクになる。業務は一切描写しない。かえりに歌う仕事のうたがツルちゃんの一番輝く時だ。クライマックスは地元のヤクザたちやパンパンたちとの反感を買ってのお決まりのアクション。結局風のようにスラムをさる。まさにヒーローである。新東宝系。まぼろし探偵やスーパージャイアンツ。ダークヒーローの宝庫であった。

製作年 1954年
製作国 日本
配給 新東宝
上映時間 111分

スタッフ
監督 新藤兼人
製作 吉村公三郎
脚本 新藤兼人、棚田吾郎
撮影 伊藤武夫
音楽 伊福部昭
美術 丸茂孝
録音 長岡憲治
照明 田畑正一
協力 山田典吾、絲屋寿雄、能登節雄

キャスト
ツル 乙羽信子
ピンちゃん 宇野重吉
徳さん  殿山泰司
ほか

2019年9月30日月曜日

ドラマ阿刀田高サスペンス趣味を持つ女

ゾクッとするような長身喪服の女。無機的で体温のひくそうな美人である。郊外海辺のマンションの廊下のつきあたりの一番奥フローリングの何もない殺風景なその部屋ではあかずの巨大冷蔵庫が異様な存在感をはなってうなりをあげている。その実写版ブキミ鉄人28号かナチスがらみの東宝フランケンシュタインの心臓かもしくはうしなわれたアークかのような巨大冷蔵庫をいとしそうにだきしめる巨女。屈折しまくった暗黒の母性さえかんずる。女にはいいよるストーカーのような男がつきまとっていて女の次の餌食となりそう。女はみずからを独占欲のつよい女とかいってるし。歳をとればとるほどそれはつのるともいってる。巨大冷蔵庫の中には一体何がはいっているのだろう。一体何がはいるのだろう。異常な男女関係の連鎖に腐臭と妖気がただよう。阿刀田高の極私的二大傑作短編ホラー小説そのうちのひとつのドラマ化である。もうひとつもやはり冷蔵庫ネタでこちらもドラマ化されているのでそれもまた近々かたろう。リアルタイムでみてずっと記憶にひっかかりつづけの本作。その主題歌の記憶ともあいまってバブル残照な気だるい時代のあの雰囲気が横溢していたと記憶する。クールさも過剰ならもれでるそこはかとないグロサとエゲツナサもわすれられない。

2019年9月6日金曜日

風丘早月のメッセージ

マリコという人間は骨の髄まで科学捜査官化しており生身の目の前での出来事より熱感知カメラごしの姿とかレーザーマイクごしの声や音の方をリアルにかんじる。前回がマリコを我々からみて。の。ホラーだったとしたら。今回はマリコにとってのホラーとは何かをみせきる。風丘が目の前でころされるより機器ごしでこそがホラーなのである。以下ネタバレ。とにかく今回は誰も死人がでなかったその割にはどっとつかれるヘビーさ。それは奥ふかいところで風丘主人公の法医学ドラマにしっかりとなっていたからだし。なによりも背景にあるのが仮想通貨などという得体のしれない世界のひろがりだったからだ。

2019年8月31日土曜日

女神のぬか漬け

今回はお茶や寿司の回のような消化回ではなかった。時々あるように。ある意味マリコのホラーキャラ面をうきぼりにしていそう。食品というより微生物の宇宙としての糠づけの世界をめでているその姿はやはりマッドサイエンティスト。そんなホラーなかくし味があったからこそラストの不穏さ。次回の急展開へうまくつながった。

2019年8月23日金曜日

予約された死

ネタバレ注意。まるで昭和ドラマによくあった夏の怪談回といってよい今話。患者にたいしてドsな町医者がころされた。この町医者。まるでどこぞの大学病院教授のように葬儀社までまきこみ誤診の過去を隠蔽工作。これは。ダークでハードな話になりそうだ。と。おもいきや。真犯人はありふれて家政婦だし。隠蔽工作にしたってみずからのオチャメなドm趣味の隠蔽だったし。女王様のピンヒールでのこめかみへの一撃という死ももろドmだし。美女二人による解剖プレイなんて。至福。か。そうなのだ。話はどんどんハチャメチャドタバタスラップスティックな方向に。ホラーからドタバタそしてホンワカ家族愛と。二転三転のまさにジェットコースタームービー。でも本質はまるで日本昔ばなしのようなよいはなし。そこがなんともよい。最後お約束の屋上でのメタ解説だが土門のマリコにもいえない秘密をにおわせてのジエンド。さてこの土門の秘密とは。シリアスなものなのか。それとも今回の町医者のそれのようにほほえましいものなのか。

2019年8月9日金曜日

赤い宝石

サブタイトルといい全体的なくらい色調のカメラといいどちらかといえばハードボイルドクライム編。治安のわるい地区にある病院では抗争でかつぎこまれる患者がひっきりなしだ。貴重な血液製材材料のめずらしい抗体をもつヤクザ者。ひょんなことでそんな彼と遭遇することになった臨床検査長。その関係がヒューマンにながれずドライにえがかれるのがよい。そう臨床検査長とヤクザ者の関係まるでフランケンシュタイン博士とその怪物なのだ。マリコはといえば本作ではまるで志村喬のような巨匠重鎮科学者なオモムキ。さてしかしヤクザ者だが。人間的な良心にめざめはじめるとその出自と現状とのあいだにさいなまれ怪物的にあばれだす。花壇の花をふみけちらすその描写やよし。また映画フランケンシュタインのように子供との遭遇もありこころかよわせるかとおもわせやはり映画ばりにつめたくつきはなすようなにがい結果。これもよし。

2019年8月2日金曜日

殺人遊覧船ツアー

熟練の夫婦漫才のようなマリコと所長のかけあいは洗練のきわみで風光明媚さとあいまってイタリア映画かフランス映画のこじゃれたミステリーコメディーのようなおもむきさえ。要所に蒲原宇佐見のイケメンっぷりをはさこむあたりもしゃれていた。それよりなによりいつになく土門刑事がしぶい。ヒッチコック映画でのケーリーグラントばりである。所長とのコンビ捜査で。よい観光になったんじゃないかとそのバディーっぷりをひにくるラストの土門にたいしてうれしそうに否定するマリコ。あなたとならすてきな観光になったわよといわんばかりである。乙女っぷり全開である。なかなかの清涼感あるラブコメ編であった。

2019年7月31日水曜日

怪獣少年の復讐

廃線というほどではないが。さびれた郊外鉄道沿線の雰囲気がまずよい。高台の鉄道会社社長宅と線路高架下のまずしい界隈。その対比。鉄道会社社長が名前だけで。非常に重要な役まわりなのだがその描写。一切皆無。かなり不気味。その鉄道会社社長宅でおこるミステリーではじまり。郷と少年の感動物語でおわる。のだが。希少車両。ふるい変電施設。などの鉄道風景もあじわいぶかく鉄道マニアにアピールする鉄道映画としてもっと評価されてよい。岡隊員の前線での男前さ。など。全体に男くさく。硬質かつ濃密で過剰。泥くさいリアリズムは。帰マンどころかウルトラシリーズ全体とおしてでもめずらしい作風。鉄道事故前後にきまって停電がおこるという捜査線上のミステリー要素や。線路上に石をおいて列車事故を誘発させる容疑者それが鉄道マンの父を事故でなくした。くらい目のビッコの少年。これら数々のサスペンス要素が複雑にからみあいまるでヘビーでアダルトな刑事物のようである。また同時にアメリカンクラッカーや怪獣人形など小物も充実で細部にもぬかりがない。観賞しなおし相当な名作ときづく。

2019年7月26日金曜日

吸血地獄

暗黒物語である。戦後のドサクサ。ヒロポン患者やパンパンがあふれかえっていた時代。それは洋の東西をとわずであった。外交官がポーランドの売春街であそんだ折。売春婦からたくされた赤子。それがニーナ。素行不良の血はあらそえずニーナはブルジョワ世界からとびだしヤク中の青年としりあう。話はもどる。あふれかえっていた売春婦の時代のことである。そのなかに吸血鬼そのものの症状がでる奇病におかされていた者がいたって不思議ではない。帰国引退後も外交官はその母親とかわしたプレイがわすれられずその娘ニーナともそんなプレイをかさねていった。外交官の妻ももはや制止できるレベルではなかった。そしてついに外交官は全身の血さえうしなって命をおとしてしまう。庭の木陰でひそかにたのしんでいたのであろうか。死体は庭師によって発見。デカダンのきわみ。自業自得といってしまえばそれまでだ。このように本作の背後にはそんな最暗黒のすくいようのない世界がどこまでもふかくひろがっている。

2019年7月25日木曜日

宇宙指令M774

本作。主要テーマは地球には全歴史にわたってじつはもうすでにあらゆる宇宙人がひそかに定住して暗躍。というものなのだがそれにはボスタングのような生物兵器や超兵器もふくまれていて。ひそかに移送され設置されまだつかわれてなかったりつかわれないで遺棄され遺跡化したり冬眠したりしている。そんな事情もえがかれている。不時着した変なジュークボックスのあったあの場所もじつは宇宙人の基地か超兵器の。痕跡めいたものとおもえばよい。また同時に対侵略組織もじつは全歴史にわたって存在。こうしたこともやはり本作にはえがかれている。唐突に登場する海上保安庁の戦艦。何処からか飛来してくるジェット戦闘機。異様なかんじさえしてしまう。じつはこれ海上保安庁とか自衛隊とかなんかではない。これらこそ地球防衛軍のガイネン。ソノモノ。イメージ。ザントウ。ザンゾウなのであるのだ。だからリアルな装備なのになんとも現実感のないシミュレーションじみたあっさりバトルにみえてしまうし乗組員も亡霊っぽくみえてしまっているのだ。しかしそれは現実をはるかにこえたとんでもない破壊力であり軍事力であるのだ。この地球防衛軍と現実の自衛隊とのセンビキミキワメモンダイ。東宝円谷特撮作品をみる場合。全作品にわたって。非常にデリケートによこたわるモンダイで。視聴者の高度な脳内補正能力をようする。

2019年7月16日火曜日

パーフェクトカップル

送り主にたどりついたとおもったらそこは墓地で。すでに死者の送り主と勝手に強引にパーフェクトカップルにされてしまう主人公女史。まわりのすべてがグルのようだし。送り主のサダハルがまったく描写されない。まるでラスボスのよう。で。不気味きわまりない。モノリスのようにそそりたつその墓石ばかりが。えげつない存在感でせまってくるばかり。漆黒の虚無へと支配されゆくごときこわさ。なにか宗教戦争やナチズムといったようなものをさえすらかんじさせられる。かってに英霊にまつりあげられたサダハル。ころされたか。いや。はなっからそんな彼はいなかったのでは。いや。いたとしても死人にクチナシ。だろうし。さて魔女めいた。母親をなのる者や。寺社。秘密結社構成員めいた。住職や社員たち。いつのまにか利用されるだけ利用されてしまっているコワサ。ポーの黒猫やローズマリーの赤ちゃんと同系の。そうそう。黒猫といえば。あれは魔女がりの首謀者が魔界から復讐されるような都会の都市伝説。のようにもみえる。それは余談だが。本作。都会にぽっかりあいたヒューマンブラックホール。そのソラオソロシサ。といったら。格別。よくある田舎にいって閉鎖的な因習にハマり猟奇的事件にまきこまれるというのとはまたべつの恐怖。日常のすぐそこにあるファシズムの不条理のような実存的恐怖体験。

2019年7月13日土曜日

京都爆弾観光ツアー

ミラーマンは鏡を契機に鏡の世界へといききするのだ。そこで本作。本作の主人公そうまた奇妙な被害者が主人公。とにかく音の世界に没頭している。さて音を図像化したサウンドスペクトルグラフというものがあってそれが今回の鍵。逆にサウンドスペクトルグラフという図像から空間をわりだすのだ。さすが科捜研。そうしてわりだされた殺害現場。奇妙な主人公その終焉の場。その竹林がまた幽玄そのもの。この世とはおもえない。そうまるで本作の主人公はミラーマンならぬサウンドマン。恋人は永遠の音の世界にたびだってしまった。そんなせつないsf作品。だった。ぜんぜんサブタイトルとちがう。

2019年7月1日月曜日

吸血鬼の絶叫

警察がさっぱりでてこない。だからこそよい。街がなにやらパラレルワールドか近未来の無法地帯にみえる。おまけに街の人がほとんどでてこない。核戦争後のような人口密度だ。ビル街とかうつしだされるんだけれど。それがまたさむざむしい。ナイスだ。さらに主人公。意味なく科学者的好奇心旺盛で。単独捜査ばかりしている。じつの妹がしんだというのにだ。捜査の動機もその復讐心とかでもなさそう。うれない科学者の屈折したなにかの性癖のほうがつよいようにみえる。うれない科学者くずれと浮浪者のようなドラキュラくずれが。場末のバーのママをとりあうすくいようのないズタボロ三角関係のラブロマンスとしてみるとホントやるせなくてとてもすきなテイストだ。おおむね批評はさんざんな本作である。でもでも筆者は大すきである。べたなラスボス吸血鬼。なにかくるった道化師のコスプレかなにかのようにみえて。それはそれでこわい。なにやらえらくかたいれして過大評価しているようにみえるかもしれないがそれをさせるなにかがしっかりある。なぜならちゃんと用意されているオチというかバレネタがこんな筆者にはよけいにおもえるほどなのだから。

2019年6月14日金曜日

穴の牙

実は本作にしても恐怖劇場アンバランス第一話にしても同監督の。迷作とされるこれらは。ホラーというよりもつきぬけてしまったヤリスギトンデモスラップスティックコメディ。としてみたほうがよい。ヒントというか同傾向参照用にはアニメだが。あのルパンVS複製人間だとかがある。本作にはルパン第2シリーズや鬼太郎第2シリーズにつうじるようなカルトアニメな味がある。大人のための実写によるちょっとエッチなアニメ。とおもえばよいのだ。だから藤田は適役であるし原田のワルノリ怪演もたのしい。11PMやスポーツ新聞のお色気コーナーにあったそんな空気感をおもいだしてほしい。それにしても仙人部落の小島功やチンコロ姐ちゃんの富永一朗。野坂に大島そして巨泉。ああいった戦中派のナツカシキ昭和パンクな世界。ほんとなくなっちゃった。

2019年6月7日金曜日

パンダの中の真実

本年はじめの山間連続爆破事件以来の秘密兵器クリーナー型爆薬検知器がリニューアル再登場。なので警察犬は登場しない。あの事件でマリコをまもりサイボーグ刑事となった土門。東京の警視庁サイボーグ一課科学班での調整中なので土門。登場しない。彼とおなじ名をもつわかきイケメン刑事が主人公。なんともカッコイイ。蒲原くわれる。寅さんと満男な駅のホームでのマリコとのわかれのシーンは番組ファンをさぞキュンとさせたことだろう。パンダ誘拐事件がまさか爆破テロ事件へと展開するとは。オチに用意されていたのはトンデモsf的超秘密兵器。ばれてはならないのでヒントだけ。それはウルトラqガラモンの逆襲。これにはヤラレタとだけいっておこう。それにしても大人のいない子供だけの村。前にもあったっけ。そんなメルヘンsf不気味村。子供食堂のポイントカードといい。パンダのポーチといい。気のきいた小物づかい。元帰マンmat本部長のなんとキュートなことよ。刑事部長くわれる。さてsf風味もよいのだけれど個人的にはもっとホラー風味希望。次回も爆破事件。期待。

2019年6月4日火曜日

ジャガーの眼は赤い

先駆的なヴァーチャルリアリティーをとりあげているとかどうとかではなくて。とにかく義手のウルトラセブンのサンドイッチマン。その強烈なグランギニョール自動人形改造人間っぷりにつきる。それプラス黄昏時の少年の神かくし誘拐のイメージ。とにかくレイブラッドベリな犯人像の怪異さ。それらをどこまでウルトラファイトな。いや怪奇ファイトな。そう。ストーリーがどうのこうのな価値判断をこえ。低予算駄菓子屋貸本屋的哀愁に視聴者自身。ちからわざで。つなげてくみとれるかどうかで本作の評価。わかれる。パノラマ島をなしえなかった男の悲哀。ズタボロ青春ドラマエピソードとして。筆者偏愛。はやすぎた70年代全共闘挫折テイスト。車での逃走など。そこはかとたちこめるロードムービーさ。それもヴァーチャル風景の中で完結するせつなさ。個人的にはたまらないものがある。さすらいのモバイルヴァーチャルリアリティー紙芝居屋として地道にやってればいまごろはジョブズ並のレジェンドだったのに。いやドクターストレンジラブか。笑。

2019年6月2日日曜日

セカンドチャンス

顔だし個人情報駄々もれの人気ユーチューバーが自作自演でみずからをしんだことに。こうして一度サイバーでしんだ青年が中年アナログ弁護士とくんでサイバーがらみの事件を解決していく。とにかくこの設定が痛快である。ひきこもり指向の人間にとってはまさにひきこもりをこえまさにさらにそのむこう側へひきこもるようなもの。そうまさにひらきこもりなあこがれの境地である。変身である。変身人間である。こうありたいとのぞむヒーロー。ダークヒーロー像である。ただこうしておなじようにダークヒーローヒロインを量産しカルトな王国を設立するようなドラマ全体でダーク指向つらぬく内容かとおもいきやどうもやはりリアルでがんばれ的な内容。そこが残念。とことんダークヒーローでホラードラマな内容であってほしかった。

2019年5月31日金曜日

消えたパンダの謎

アドベンチャーワールドからのキッドナップストーリー。海底洞窟がでてきたので誘拐犯と少女が手に手をとって探検めいた時にほのぼのな逃走劇になるかと期待したがそうはならなかった。けれどラストでの誘拐犯が都会でころされての発見これはよかった。おかげでちょっとなけた。

2019年5月24日金曜日

愛される悪魔

第三回のときの心理カウンセラーのように犯人ではないが巨悪っぽくどうやら背後にこの後妻業の女がかんでいるようだ的に不気味な存在としてえがくこともできたのであろうが。ちょっと今回はちがう。でっぱなしだ。だが今回それはそれなりにいやそれ以上におもしろく不気味かもしれない。後妻業の女をしたたかな感情の浪速のど根性女的にえがきマリコの知性的京都女的なものと対峙させているともとれるからだ。そしてだからかどこか奇妙に観念小説めいて形而上ディスカッションドラマの内的宗教葛藤のようにもみえる。それによって後妻業の女の存在が実はもうひとりのマリコの心的虚像のよう。そういう意味では今回はある意味幻想的タッチな異色回だったのかも。土門がマリコをとおしてみた一夜の悪夢回。

2019年5月22日水曜日

電気じかけの幽霊

最初はよくある下宿大学生界隈の怪談ばなしのようなでだし。彼氏に手料理をと。こわれた炊飯器をコンセントに。なんと感電死の彼女。彼氏に接近する後輩娘登場。元カノ幽霊と後輩娘との三角関係バトル開始か。で。恐怖な心理戦と。これですすむとおもいきや。なんと物語はとんでもないダークヒロインの誕生をえがく。そう。しんだ彼女。電気人間としてよみがえるのだ。当初は電気の精としてつつましく彼氏のまわりの家電にひそむと。部屋から出先までことごとくかげながら彼氏の文化生活をサポート。まさにaiインターネット家電先どり。だったのだが。彼氏をとられそうになったその瞬間。こわれた家電やら工事器機やらなにやらをみずからの身体の延長のごとくに肥大化。狂暴化。街は戦場。まさにあのAKIRAのような醜悪な巨大不定形モンスターへと変貌。いっきに作風がサイバーパンクホラーに。後半の派手な特撮アクションが前半のラブコメ風心理怪談劇ととにかく解離していて。その違和感。最高。さて身体をえ復活の元カノ。泥棒猫をバッテリーのなかに退治。これからは正義超人として奥様は電気人間な活躍をするのだろうか。

2019年5月21日火曜日

ひとりぼっちの地球人

本放送時や再放映時でもどこがよいのかよくわからなかった本作だがやっとそのよさがわかった。閉鎖的な象牙の塔の大学宇宙物理学研究室においてくりひろげられる白い巨塔ばりのマスコミ世論まきこんでの出世競争がその背景にあるかなしい物語だったのだ。東教授がもし宇宙人だったら。おもしろいではないか。教育実習用宇宙衛星開発。でもさらにそのおくには物質転送装置という人類破滅にもなりうる秘密。闇。隠謀も。によって一躍学会の寵児となったひとりぼっちの地球人くん。しかし恩師協力者の宇宙人教授にうらぎられ。最期はその闇をかかえきれずに物質転送装置にもろともに身をとうずる。まさに財前につうじるかなしさだった。ふくらませ映画化にでもすれば三島原作の美しい星のような作品にすらなりそうな気配も。逆にいえば白い巨塔という作品も本作や美しい星のようにsfとしてたのしむことができるということ。

2019年5月20日月曜日

吸血地獄

奇岩の無人島や硫黄地獄の温泉場というこの世の果てもしくは精神の奥の奥の間。ほぼ異界といってよい。だから。すべては周作のみた幻想だったのでは。ニーナなどという人間はそもそもはじめっからいなくて彼女は周作がことごとく空想でつくりあげてしまったもうひとりの自分のような存在だったのでは。ハイミナールの禁断症状は吸血禁断症状に姿を変え。世にも怪奇な物語の悪魔の首飾りの主人公のように。だとすると。あの男性の女装のドラァグクイーンのようですらあるケバい吸血鬼姿もますます意味深になり効果的だったといえる。

2019年5月17日金曜日

半世紀前から来た客

目的不明で京都の観光地にあらわれたフランケンシュタインの怪物のような怪異な風貌の異人。いや怪人。つぎの場面では怪人ははや炭化した死体に。まさにモンスター。このホラーなでだしがよい。怪人はじつはベトナム帰還兵でptsdをやんでいた。彼の戦場はおわってはいなかったのだ。彼はずっとナパームの炎の死刑台にかけられこの50年間。ナパームの刑にしょされっぱなしだったのである。いつのまにかナパームの成分は彼の体内をかけめぐるようになって彼は変身人間ナパームとなってしまっていたのだ。そしてついに人体自然発火をおこしそして。やっといましねたのである。ちがうか。笑。刑事ドラマなのにミサイル戦勃発をはでにもりこんでしまったことで特撮感がおおいにもりあがり筆者大満足の本作。ところで怪奇大作戦氷の死刑台のエンディングクレジットの宇宙旅行シーン。あれはもしかしたら冷凍人間オカザキがのっているのでは。せめてもの鎮魂の意味なのでは。宇宙葬なのでは。そうかんがえると吸血地獄のエンディングクレジット同様かなりなけるのだが。

2019年5月15日水曜日

くいとめろ人間植物園!

女王花が巨大化しはきだした花粉だが。なにか毒というより快楽麻薬成分っぽい。そんなところからかどうもこのプラントなる一味。やはり麻薬解禁マタンゴめいた退廃思想がらみのものかのようにもかんじられてしかたない。全体が不気味なマリファナ幻想ユートピア譚にもなっているようで。ディスカッションドラマなところもあるし。じつにサイケ全共闘ベトナム戦争。時代閉塞泥沼してて兎に角。変。つぎつぎと人間が植物化して都会の屋上から落下したりするシーンなどもつくりもの感がむきだしだからなのかどうなのか。よけいにこわくかんじられてしかたない。ちからなく退廃自滅してゆくノストラダムスの大予言なジャンキー人類のゆくすえの象徴をみせられているかのようである。やはり全体がバッドトリップで。まさにドラッグムービーな怪傑作といわざるをえない。きたるべき世界がユートピアなのかディストピアなのかなにが正義でなにが悪なのか価値観が判然としないきもちわるさがあふれまくっている。そんなグジュグジュなマタンゴ直系地獄の黙示録直系ノストラダムスの大予言直系のおもくふかいテーマがここにはありそう。冒頭。いったんはプラント思想にながれるがおもいとどまりmjをよび相談する博士。の人間描写が。おもくかつふかい。マタンゴ思想をしっかりうけついでいる本作ならではの名発端だ。博士宅ロケの屋敷がやはり同時期ドラッグロードムービーの怪傑作。怪奇大作戦吸血地獄。のやはり発端。外交官邸そっくりなところも本作の筆者偏愛的神回名迷作感をつよめている。ラスト。緑におおわれた富士樹海のうえをとぶマイティ号。戦艦としての活躍などもいっさいなかった。だからよけいに不気味ですらある。そういえば戦えマイティジャックでのマイティ号。もはや兵器というよりうごくただの基地かコンテナ。そう実写ワイルド7のトレーラーのようなつかわれかただ。対q戦でいったん廃船になってそれを基地がわり住居がわりにつかってるのか。アップルの下部組織化どころかさすらい化したのでは。mj。そんなかんじ。敵もqの残党やなんかなんでもありだが小物ばかりな様相だし。そんなこんなで。でがらしやさぐれ感が戦え30分になってからはさらに濃厚。そこがたまらなくよいといえばよいのだが。

2019年5月13日月曜日

爆破指令

暗黒企業城下町と化した黒崎市。権力もメディアも悪の巨大組織によって裏からことごとく牛耳られて荒廃ディストピアと化してしまっており。工場廃液の沼みずたまりばかりがひろがり若者たちはそんな泥濘の公害汚染地区その一画の脱法バーなんかにたむろしては暴力サイケ音楽酒女におぼれるそれぐらいしかたのしみがない。月曜日がくればまた奴隷のような工場での一週間がはじまるのだ。シャブにたよってどうにか土曜日までもちこたえる。mjメンバーが市へと潜入する。さてここで無印マイティジャックの大人数というのがひどくいきてくる。のがうれしい。各専門分野をいかし科学施設通信施設と潜入箇所を分散。それはもうまるで捜査というよりレジスタンス活動そのもの。そうまるであの大作洋画パリは燃えているかのような大河群像近未来歴史反戦劇の様相すら呈しはじめる。クラブママの久保菜穂子もシモーヌシニョレのようだし写真から敵戦艦最大の弱点をみぬき六さんこと服部隊員役の福岡正剛氏などはそのルックスからいつもはいけてない。でも的な大脱走のドナルドプレザンスかのような大殊勲をしめす。またロシアンルーレットのような不条理さ。なクールであっけないバカバカしいくらいの戦艦直接対決は究極ai兵器どうしのたたかいとして超高度遠隔操作頭脳戦とみるならば現実こうだろう的にじつにすばらしく。装甲のかたさから内部しんにゅう時限ミサイル作戦というのもこれまたすばらしくやはりクールな大作戦である。こういうしずかなバトルこそその両者の巨大ロボ感神話感大戦感をひきたたせるものなのである。この神話的静謐荘厳ゴシック感は戦えマイティジャック最終回にひきつがれ歴史大河sf的大感動をよぶ。ぜひ劇場用映画として東宝マーク大スクリーンでみてみたい。

2019年5月10日金曜日

8億円の猫

前回が科学者そして今回が童話作家と。その業績で地位も名誉も手にしたが。さてさて。的に。その死とそのふかい孤独がえがかれている。遺体と痕跡からそのふかい孤独がしだいしだいに科学であぶりだされるようなおもむき。そうなっている。科学でトリックをあばきだし犯人をおいつめるというおもむきからはこのところかなりとおくなってきている。王道といえば王道である。じつにしぶい。これはこれでよいのであろう。このところシーズンによってはライトに時事風俗をとりいれていたのもあってそれはそれでたのしかったのだが4クールにもおよぶシーズンならば地に足のついた渋渋路線をベースにする。それをたのしむべきなのかも。某国営放送が大河ドラマであまりに時代によりすぎて王道をふみはずし苦戦しているのがみえるだけにそんなおもいがなおさらよけいにだ。今回はさながら家政婦はみたの猫版猫はみたといったところだったが次回はタイムスリップもの。か。

2019年5月8日水曜日

折り鶴が見た殺人

この話は京都府警を地球防衛軍におきかえるとわかりやすい。地球防衛軍武器装備開発班をたちあげたレジェンドその老未亡人の怪死にたとえるのだ。その裏にあった大戦中の悲劇。現武器装備開発班長の紛争国への裏関与。それをしった老婦人の命をかけての抵抗。なき夫の遺志と平和へのいのり。こうしたハードな背景をじつに少女漫画チックにセンチメンタルにえがいているところがじつによい。ウルトラセブン盗まれたウルトラアイのようなあじわいがある。なのでマゼランミサイルのように現武器装備開発班長にあたる現社長を人間として登場させずあいまいに経営aiの暴走による武器輸出とすればなおさらドラマチックになったのでは。

2019年5月7日火曜日

カナダから来た男

この不遇の天才科学者。みずからの死をかけての研究の達成をはかったともいえる。そんな。どこか。かなしさがある。最後に祖国京都をたずねようとしたところなど。さながら今回。悲劇のダークヒーローライダーマンとv3といった。ヒーロー同士のかなしき友情をえがいたどこかアベンジャーズにもつうずるようなおもしろさの回。相馬のあかるいキャラクターとその親友のダークさが好対象。女心理カウンセラーの裏の闇稼業な自殺成立マッチング業めいたものがなんともグロい。それにはまってしまった天才科学者。それを相馬と呂太が科学の力で解決。全体的なトーンがハードボイルドな刑事ドラマなところもよかった。所長と刑事部長の。やりとりとか。犯行場所の空港施設のひえびえとしたかんじとか。も。だからよけいにわかきあかるいイケメン科学者ヒーローたちがきわだった。そのぶん若手刑事ヒーローの蒲原は今回見事にシブい。

2019年4月26日金曜日

天才画家xの計画

あの砂の器にも当時の若手前衛芸術家グループみたいなものがでてきていたが。本作も若手アートグループの美術部室な青春怪談みたいなところがあってそこが特によく。またウーバーイーツめざす宅配ベンチャーみたいなグループにそれがうけつがれ。そのかれらのスティングまがいな集団サギ群像劇。なかなか青春ドラマしててよかった。そして殺人現場の解体工事中の雰囲気満点な迎賓館っぽい建物。あれをみていたらある怪奇ドラマの冷凍人間の回にでてきた科学者コンビの冷凍実験場をおもいだしてしまった。だとするとあのドラマも。本作のアートで世界にまでなりあがるというのとおなじく。医学で世界にまでなりあがろうとしたやはり若者グループの青春怪談群像劇。んな側面でとらえ解釈できるのでは。冷凍人間にされたモンスターの悲哀もよいが加害者側の青春科学者その挫折ドラマとしても傑作だったのではなどとおもえはじめてきた。とにかく本作の被害者役者の演技もすばらしく。本作。彼の立派な主演作となっており。科学犯罪ミステリーというよりカフカやカミュっぽい彼の不条理青春ドラマというかんじで。かなりの異色作だったかも。

2019年4月19日金曜日

科捜研の女vs科警研の女

できれば置屋での芸者の開眼死体の登場シーンでタイトルにはいってほしかった。マリコどアップ変身シーンなタイトルバックはなかなかせっかく気もちわるくてよかったのだから。さて。サブタイトルにひっぱられて鑑賞するより脱走物としてみたほうがおもしろい。意識のない人間にみられてしまったということで誤解して罪をかさねるところなどちょっとホラーでよろしい。また闇にひそんでいるところをとらえるのに最新の装備を投入するところなども怪奇大作戦っぽくsfもしてるようでよかった。とにかく犯人役におわらいの人をキャスティングするのにはおおいに大賛成である。

2019年4月17日水曜日

そこにいる!

いやはやおもしろかった。毛布やすりガラスの衝立とか小物を不気味にとらえたカメラもすばらしく。また二人の怪優のキャスティングのとりあわせがにくい。たった15分物だが後半ほぼ三分の一の尺をフルにつかいきってのスーパーマーケットフルスペースフルつかいきりホラーシーンはまるであのロメロゾンビさえかんじとってしまった。搬入口から脱出し駐車場をつっきって車になんて。もろゾンビである。だったらエンディングもお茶の間むけのあのありがちなラストではなく。そのまま車をだしてはしらせてほしかった。なにもかも会社もやめてとにかくにげてほしかった。そしてこんな台詞でしめてほしかった。あれから二度とあのスーパーにはいかなかった。そしてあの後あのスーパーがどうなってしまったのか誰もはなさないしはなしているのをきいたこともなかった。

2019年4月13日土曜日

赤んぼ少女

とにかく山のホラーとして材料はここにととのいまくった。さてでだしも快調。嵐の山中でのエンコ。たどりついたのは古井戸のある廃園にかこまれた。たかい塔のある洋館大屋敷。まわりには広大な野犬群よけの高圧電流柵がはりめぐらされている。不気味な侍女。夜毎ひびきわたる。いるはずのない赤んぼのなき声。狂気の女主人と弱気な亭主。前半戦はこれらがゆったりとしたハーモニーでそこはかとない設定当時の火垂るの墓な。やけ跡混沌のやるせない闇をひきずり。なつかしの昭和三十年代ゴシックホラー感にひたれる。ところが後半戦となるといきなり高圧電流柵をとびこえ。イケメンヒーロー登場。そう今風に斎藤工の大活躍編ジェットコースタームービーとなってしまう。その落差は目眩さえしそう。あくまでよい意味でだ。これこそ当監督の本領発揮なのでそれはそれでよいのである。このヒーローはまるでロボコップのようなサイボーグにちがいないからだ。そのグロテスクバイオレンスさじつによろしい。肩から完全に腕をうしないながらも大量出血さえもない。何度もいきかえるしのこされた腕の力も人間ばなれしていて少女を井戸からかるがるひきあげ救出する。その井戸の底は怪物のすむ部屋へとつながっていた。そんな赤んぼ少女とのバトルアトラクションはえんえんとつづく。しまいにはフランケンシュタイン対地底怪獣のように山全体が大規模な山火事にまでなって火の渦にかこまれつつのたたかいとなる。かくして後半担当主人公の斎藤工と前半担当主人公の水沢奈子はかろうじて勝利。敗北した女主人浅野温子と怪獣タマミは業火のなかへと崇高に身をとうずるのであった。

2019年3月31日日曜日

ある殺し屋

これはもうほとんど黄金の七人のようなある犯罪グループのそのミッション達成へいたるまでのスリリングな恋と友情とうらぎりの青春内幕群像劇だ。キャストをあげる。市川雷蔵。野川由美子。成田三樹夫。小池朝雄。渚まゆみ。小林幸子。この顔ぶれでおもしろくならないわけがない。なによりも主人公雷蔵の異星からのスーパーマンのようなたたずまい。まるで地球に落ちて来た男のボウイのようである。ストーリーも同様に群像劇だ。地球に落ちて来た男のほうは企業たちあげから大プロジェクトへをえがいているのでほとんど人間関係も結婚離婚絶交再会と大河ドラマしているが本作のほうは一件の暗殺ミッションとその臨時召集メンバーだけなので規模の大小がある。だが。しかし。その味わいは同質。そして。やはり格別だ。地球に落ちて来た男ほどしぶくはないのでターミネーター第一作のようにならじゅうぶんいまどきの特撮若者へもアピールするはず。十代でも二十代でもないちょっと哀愁のすきまかぜふきこむ青春晩年組が犯罪によってあのあつい青春をとりもどそうともがくときの群像劇はたまらないあじわいがあるものである。たとえばオーシャンと十一人の仲間。こういうあじわいこそ青春映画ともアクション映画ともいわずフィルムノワールというのであろう。

2019年3月20日水曜日

蛇娘と白髪魔

養護施設の女子にめでたく親がみつかり屋敷にひきとられる。しかしその屋敷には。そう。よくある定番設定の怪奇物なのだが屋敷が近所でマチナカなのでゴシックなホラー感がもりあがらない。やはり屋敷はとおく山中の閉鎖的な村に。で。なくては。なのである。クライマックス。幽閉された屋敷屋根裏部屋から脱出。からがら養護施設にたどりつくのだが。施設長のシスターがナニモノかにころされ絶体絶命。でもやはりどこかもりあがらない。なにかあると施設と屋敷をいったりきたりなのである。で。おもったのだ。これは少女版家政婦はみた。そして少女版少年探偵団。では。と。してみてはどうだろうか。と。ホラーというよりミステリー。そして田舎ゴシックではなく乱歩で清張な都会派ミステリー。と。そうとらえるのだ。そうするとじつにハマリがよくなる。ライバル役の。主人公の姉の。なにやら不良少女更生物のようにさえみれてしまうのだ。あの大映ドラマがよみがえる。東宝ならこうはならない。ホラーへとふりきれてしまう。積木くずしなどがよい例で映画版の東宝版なんか。もはやエクソシストへとふりきれてしまっている。しかしこの大映テイストの中途半端さ。そこがじつにあいらしい。少女漫画の映画化としてはこれはこれでよかったのでは。でもやはり近所なのでもりあがらない感が気にかかる。施設と屋敷をいったりきたり。とにかくビデオ初見時には事実そうみえたのだ。だが。しかしである。こんな風にもおもえてきたのである。屋敷そのものが怪物的なイキモノとして主人公の心象で増殖したりして幻想もまじえられてえがかれているのではないか。とも。あの怪奇大作戦吸血地獄散歩する首もそうだ。ホテルも屋敷も山小屋も異常にひろい。無際限の宇宙のようだ。本作も。これ破綻ともみえるがそのじつとんでもないおそろしさをひめていたのだ。ビデオ初見時。二階の屋根裏部屋だというのにあの脱出シーンはまるで何十階だてだかの塔の上からの脱出のようにみえた。屋敷敷地内。はるか眼下に高速道路がよこぎりその下を鉄道線路さえ建物スレスレにはしっていた。あれはどうかんがえてもおかしい。幼少リアルタイム劇場初見時にはその他の恐怖場面ではなくこの迷宮感に。その夜ねむれなくなった。のである。ラスト。おわれにげこむ建築現場にしても実はそこもまだ屋敷敷地内であり工事建物も屋敷の一部だったのでは。そうすると。とにかく本作の一番おそろしいところ。それはその空間のゆがみ感をともないまくったバケモノのような屋敷ソノモノだったのでは。この湯浅監督というのは油断できないのである。事実昭和ガメラシリーズもその空間把握感覚はそういえばすべて異常だった。しかしその異常空間感は本作。コントラストのきついモノクロ画面をえてさらにひきたっている。そこでやはりモノクロ作品昭和ガメラ第一作をみかえしてみたのだが。やはり怪作だった。そうわすれられがちだが。ヒッチコックの鳥やめまいもそうでホラー映画醍醐味には空間恐怖というのがしっかりある。だから劇場でみるにかぎるのだ。

2019年3月9日土曜日

カメラを止めるな!

やはりパゾリーニ高校生映研あがりのゾンビ映画初老ファンとしては三層構造の一番外側がやはり一番おいしい。ホント低予算b級ゾンビ映画としてのソノ痙攣的なリズム感覚な編集がホントここちよい。伏線となるようにと丁寧につくりこまれたうえでのギクシャクさだからというのもあるだろうが。やはりデビュー作でありスタッフキャスト皆のフレッシュさもおおきいとかんじた。あの往年の時代のパンクロックのファーストシングルににた手ざわり。あの時代もプロデューサーバンドともにあつかったものだ。ぜひ一発屋でおわらないでほしいものである。とにかくピアやシティロードあの時代のあついインディーズフィルムなかんじはひさしぶりで。かえってきてくれた感万歳である。

2019年3月5日火曜日

行列

いわゆる異世界物で最後にどんでんがえしのあるいわゆるスジそしてオチだけをたのしむお子様なナンセンス物を期待してはならない。これはハードボイルドな都会の哀愁をえがいたつかれた大人のためのダークな寓話フィルムノワールである。あくまでもその黒い情緒をたのしむべきである。行列のはるか最後尾までつれていってやるとあらわれるオンナガタなタクシー運転手。ニューハーフメフィストなかんじが非常によろしい。いわゆるファムファタールな位置づけなのだ。だから主人公はじょじょに運命をくるわされてゆく。ながいながいトンネルのなかではセクシャルな空気さえただよう。そしてたどりついた行列の最後尾。なにやらとおく町はずれまできてしまった感場末感がいちじるしい。ここんとこがまた非常によろしい。都会の哀愁きわまるである。最後はロッカーゆえのシャウトがさえわたる魂のさけびでおわるのだ。タモリの不気味な上司役もクール。

2019年3月3日日曜日

GAMBA ガンバと仲間たち

やはり七人の侍の設定はワクワクさせられる。まず仲間が七人そろっていく課程。そして現場への移動。寒村や絶海の孤島で。環境が過酷であればあるほどモエる。敵のラスボスはある意味モンスターであればあるほど怪獣退治物っぽくもなりイイ。本作のノロイもその点イイ。集団催眠特殊能力のシーンはじつにもりあがる。それにたいして命をかけて催眠をとくムラのオサ。ここは非常にポリティカルであると同時に政治とはマツリゴトであるという視点があらわれており政治意識とは非常にあやうくもろいものという民俗学的文化人類学的相対思想であることがよくわかる。いってしまえば大衆文化サブカルチャー民主主義をかんがえなおすよい材料となるともいえる。子供むけだからこそ必要な視点ともいえる。ただゲーム的に蛮勇こそカッコイイとするのではなくホントの敵はなんなのか。ホントの敵はココロにこそひそむというオカルトでホラーな描写や視点。すぐれたヒーロー物とはやはりつねにすぐれたホラー物でなくてはとおもう今日この頃。で結論。本作ヒーロー物としては凡作だがホラーとしてはかなりイイ。そしてアニメっぽくないヘンな特撮とかんがえソコがイイとする筆者なのだった。

2019年2月9日土曜日

仁義なき戦い広島死闘篇

広能スクラップ置場の番人という設定もすばらしく。野良犬ばかりの町も近未来な荒涼感満載。猿の惑星ならぬ犬の惑星ともいうべきsf作品として鑑賞。主人公山中正治の最初のミッション現場も開発中の造成地だし川谷の惨殺現場は無人島。大友長次の背景にはいつも原爆スラムの風景がひろがっている。とどめは人類のたえた町。その廃屋で警察の警報アナウンスのなか自決。仁義なきシリーズの魅力中その最大のものにちがいはなかろうが。そのポストモダンでsfチックな側面だけが濃縮されたような超異色作。いや異形作。賛否まっぷたつ。ラストカットもくずれおちた中近東遺跡のような。山中の墓からの原爆ドームへのワンシーンワンカットのながまわしはもはやホラーか怪奇映画である。本作がいかに絵的に暴力の暗黒面を表現してあまりあるかをかたっている。梶芽衣子成田三樹夫はじめキャストのクールビューティーさもきわだっている。超美男美女どうしのまるでアンドロイドかのようなブレードランナー感あふれる無機的なからみシーンなど。そういう意味ではポップアート美術的芸術的作品ともいえるだろう。音的には音楽もシリーズいちにの地味さでほとんど大友役の千葉真一のラップのごときシャウトにもっていかれる。が唯一キャバレーでの山中と広能のシーン。バックでバンドによって演奏される東京流れ者がきわだってクール。仁義なき戦いシリーズ。どれからみるか。どれからすすめるか。ホントむずかしい。全五作すべてがちがったキリクチをもっている。さすがだ。そういう意味ではおなじ五部作。猿の惑星シリーズとくらべるとわらわれるだろうか。あながち黒人暴動の寓話と暴力団抗争の実録で表裏一体ぐるりまわってメビウスの環ぴったり一致なようなきもするのだが。とにかく本作のタイムリープはすごいの一語。怪我のコーミョーかもしれぬが。洋画でもゴッドファーザーなど続編二作目作品が奇跡的超異常傑作になる例のひとつかもしれない。

2019年2月8日金曜日

仁義なき戦い広島死闘篇

のちになんどもくりかえしえがかれるわかきヒットマンたちの悲劇の原点。ただたえるしかなくのこされる女たちのあわれさ。銃身に砂をつめて口にくわえるのがこわい。これだとうちぬくというより暴発して頭部全部がふっとんでしまう。後半のくらさは暗黒不条理sfのよう。なによりも山守がしずかにそのそこなしのダークさをかもしだしている。じつは本作番外篇どころかパラレルワールドものである。山守とたもとをわかったあとからたもとをわかつまえへと広能タイムリープするのだが。そのままたもとをわかったままの広能としてタイムリープしている。別にもう一人たもとをわかつまえの広能がいるということなのだ。だとすると本作での山守ももう一人の山守ということか。どうりでいつもいじょうに不気味。

2019年2月6日水曜日

仁義なき戦い頂上作戦

全編襲撃場面。だがこの虚脱感はなんだ。まるで傷天じゃないか。子分に車におきざりにされる広能昌三なんてもう小暮修そのもの。主人公しんでこそいないがパクられて途中退場。後半は主人公不在でもうカオスそのもの。代理戦争が迷宮感覚だとすると。本作頂上作戦は崩壊感覚。すべてがガラガラとくずれおちていく感覚はクセになりそう。そういえばやはりしんでこそいないがパクられる野崎弘。えんずるは小倉一郎。前回かいた渡瀬恒彦の不条理ヒットマンにつうじる役だが。小倉一郎のことをアンソニーパーキンスとかいたツイッターがあった。やはりおなじようなことをかんじるひともいるのだ。仁義なきシリーズでえがかれる無慈悲にしんでゆくわかきヒットマンたち。かれらはヤクザではなくサイコやカフカなどの不条理ホラー世界の住人だということ。だから仁義なきシリーズはふるびない。原爆スラムにおしよせる警官隊。ドブ川を逃走。下水道ににげこもうとするところを逮捕。このドン底の泥沼感はまさにベトナム戦争のジャングル戦の暗黒感。このぐじゅぐじゅでぐだぐだ。シリーズ次作ではオープニングがオウムのようなカルト政治結社の原爆記念日当日平和デモ。このすくいなささよ。これぞ真のホラーそういえる手法でこそ暴力の真のおそろしさは身体レベルでつたえうる。それを証明するそれが仁義なきシリーズ。

2019年2月5日火曜日

仁義なき戦い代理戦争

仁義なきというより仁義がまるで亡霊とかした世界がえがかれている。死体をみて嘔吐したりぶったぎられた手首のアップがあったり冒頭からもはやホラーである。仁義の墓場というタイトルがあるが本作はさながら仁義の亡霊。巨大化しすぎた怪物のような組織の影にただただみながおそれおののいているばかり。まるで日本沈没くしくも73年同年制作映画の後半のよう。全編くらい密室でたがいに怪談話をしあってこわがらせあっている任侠百物語。もしくはキューバクライシスばりのポリティカルフィクション。実際突然停電したりもする。とりかわされた盃関係ももはや複雑怪奇すぎてなにがなにやらわからなくなっている。舞台の広島がカフカの世界のような不条理さでみたされていく。女もすべて悪女いや魔女にみえる。襲撃現場の野次馬のなかうつりこむ死体をとおまきにしたたずむ少女などこわすぎてこわすぎて。ねとられた嫉妬からうらぎられなにがなにやらわからないうちに蜂の巣にされ骨壺ごと粉々にひきつぶされるそれも母親の目の前で。これでは暗黒不条理世界にまきこまれたカフカ作品の主人公である。際限なき暴力そして戦争というものが人道上どうのこうのではなくただただひたすらにおそろしいものだということをつたえてあまりある。わらってやがて背筋つめたく。本作での渡瀬恒彦はどこかアンソニーパーキンスみたいでホント名演。

2019年2月4日月曜日

ガメラ対大魔獣ジャイガー

パニック映画のおもしろいところは災害現場の現場当事者の奮闘にある。怪獣だって一種の災害で。現場がふんばるからおもしろいのである。担当者や責任者がすぐ現場から誘導され避難。すべては防衛隊にまるなげ。そんなのばかりじゃおもしくない。だのに怪獣主体とばかりに防衛隊ミッション描写主体なのがあまりにもおおい怪獣映画というジャンル。それが王道だからしかたないが特にマニアうけする諸作にそんなのがおおい。なにかタコツボにはまったようでいきぐるしい。防衛隊とは。自衛隊とは。憲法とは。んなかんじとなってボーエーロン沼にハマってしまったんでは。あのミシマをかんじてしまう。あのセキグンをかんじてしまう。あのオウムをかんじてしまう。正面論争がわるいといっているわけじゃない。ただいつも真正面からの論争。衝突。んなんでよいのかということ。そのてん本作は万博パニック映画という設定を導入。新幹線大爆破のようなアオリカタではある。が。警備をまかされた民間の警備会社が防衛隊のごとき大活躍をみせる。その装備や司令室がまたかっこいいのなんの。主人公はあくまでも万博広報主任の若者だ。ここからしていつもマスコミ人な東宝との差別化が意識的になされているようですばらしい。それどころか警備主任のイケメン平泉成がその存在感でガゼン主人公さえぬきんでいる。ファイヤーマンでの活躍がおもいだされる。とにかく。さすがザガードマンの大映である。東宝のは。どこか政府や自衛隊の活躍が前面にでてしまいがちで身近な庶民感とか民間感がうすい。本作の潜水艇なんか。そのへんの町工場製品だ。東宝日本沈没の御用多国籍企業製わだつみ号なんかとくらべられたし。しかし性能はまけてはいない。ガメラ体内を地球内部のごとくに対応。航行する。このミクロの決死圏か地底探検か。そんなsfアドベンチャーなクライマックスこそ。本作のもうひとつの顔であろう。ひとつが警備会社活躍の業界映画。ひとつがsfアドベンチャー。いかにも怪獣映画としては異色で。怪獣のかげがうすいようにみえるがそれでよいのだ。本作。東宝のような秘密兵器こそでないが警備会社のgpsつき携帯電話がでてくる。これなどは今を予言するようですごいの一語につきる。怪獣映画マニアにはこのすごさがわからないのか。スパイ映画ずきならすぐわかる。なにせそれも子供たち。警備会社からかりるでなくぬすむのだ。このかっこよさ。こういうマクロではなくミクロな視点からの。怪獣映画を起点とした災害論争憲法論争も時には必要なのではないかという気にもなってしまう一本。震災時にいつもは炎上悪役ツールなツイッターが世に効したように。万年二番手の大映怪獣映画だってすてたもんじゃない。

2019年1月27日日曜日

わたしを離さないで

数年前にわたしを離さないでというドラマがあって臓器提供して。もはやこの世にいない旧友などといっしょに聴いたおもいでのcdとおなじマイナーアーティストのcdを何十年か後に海辺のセレクトショップでみつけるシーンがあった。店長を大友康平がやっていた。彼は牙狼などで特撮づいてるのでよけいにそのシーンがいとおしくおもえたものだ。

2019年1月26日土曜日

博徒七人

まさに歴史上の謎陰謀おおき。時代の黎明薄明期。明治期のオモテムキイケイケな大日本帝国。修羅雪姫でもおなじみなおいしすぎる時代設定。暗黒時代。無法地帯。官権がほとんどおよばない機能しない無法地帯ゴマンで非情無情時代の設定だからこその痛快なそしてダークゴシックなおもしろさがここにはある。おちこぼれのさらにおちこぼれ。わすれられたヒトビト。バリアフリーヤクザ群像。これはもう特撮映画の怪獣たちそのものである。野性と純情しかもちあわせていないそんな魅力あふれる素材が子供うけするヒーローキャラへとフルにいかされている。バリアフリーヤクザ。連呼さえしよう。それをいいことに人造人間を道具のようにつかいすてては終末無法世界をぎゅうじろうとするネルフのような暗黒軍隊組織。憎々しいったらありはしない。さながら東宝の怪獣総進撃のような怪獣映画だ。仮想シマナガシ場オキノシマはまさに怪獣ランドである。第四新東京市である。怪獣と組織しかでないところがほんとうにすばらしい。だからこそ暗黒とはなにかをえがききれている。警察権力公権力は最後の最後にちゃかされてでてくるにすぎない。この脚本さすがだ。県警対組織暴力の萌芽をみた。権力とはの意識的対象化がなされているからこそできる作劇術だ。そしてえがかれる野性と純情。それは義理人情どころではない。さらに昇華されきっている。男。男。男。の世界である。爽快きわまりない。花をそえる松尾嘉代の頭の丸丸丸な点点点な女郎がまた最高である。つねにはんびらきの口元。が。これはあまりにも表現上危険すぎるとふんだのだろうスタッフ。設定上も台詞上も説明皆無。巧妙な演技でにおわせるだけにとどめている。そんなつもりなのだろうがどっこい筆者はみぬいた。彼女もうひとりのバリアフリーである。だから指輪のくだりも自然だ。裏タイトル博徒八人である。荒野の七人のようにメンバーいれかえつつシリーズ化してほしかった。しらべると続編があるらしい。しかし。封印。残念。とにかく見事な演技演出脚本である。それぞれの人物像があまりにも魅力的かつ重厚なので本作第一作の内容だけでも。充分大河ドラマとしても通用しそう。日本沈没73年版とならぶ火薬量も豊富なダイナマイト映画のかくれ傑作でもある。忍者部隊月光のような戦時忍者映画としてもみれるし。船上バトルや海中バトルはないけれど島も海の一部とかんがえれば立派にパイレーツオブカリビアンな海賊映画でありナバロンの要塞のような海洋アクション冒険小説映画化活劇ともとらえることができる。感動シーンも恋愛もある。超おとくな一本。音楽もすばらしい東映戦隊ヒーロー路線の超異色作。なぜそういうかというと。宣伝ポスターの七人のキャラそれぞれにつけられたキャプションがふるっているからだ。キャラ名の次に障害部位と必殺技がならべてかかれている。のだ。続編になると障害のない必殺技だけの新加入キャラもでてくるのだが。それも七人のメンバーとしてキャプションがつけられ紹介されている。障害のない場合は必殺技だけを表記。ということは障害と必殺技はセットということだ。つまり障害があればこその必殺技。日常不便な欠損部位に非日常戦闘武器をアダプトした。障害をおぎなうどころかヘンに増強してしまい人間ばなれな非日常身体になってしまっている。ナーンテユートンデモセッテー。これではまさにサイボーグそう改造人間ではないか。sfではないか。そう本作はサイボーグ009ならぬサイボーグ007いやそれをいうならサイボーグ00893か。それも実写版それも東宝のエスパイのような大人仕様。そんな作品である。すごいではないか。もう筆者のような特撮爺には今年封切リアルタイム作品かよな。ど真中ストライクな一本。まったくふるさをかんじない。ちょっと冷静になろう。そういえば仮面ライダーや海底大戦争などなど改造人間物って東映おとくいのジャンルだった。とにかくそんな今の東映をだれしられず。きずきあげたまさにカゲの功労者。いや功労作。それが本作。さらにどんどんしらべていくとネタバレまでされてて。主人公殉職やメンバー全滅で。とかではなく戦えマイティジャックのようにメンバー中一番の純朴善人あいされキャラの死で。シリーズ終焉というのもまたなかせてくれるじゃないか。

2019年1月19日土曜日

大怪獣ガメラ

大映マークからアバンタイトルのながれがとてもクール。ホリゾントの空の柄もいつもながら現実にはありえないダリのようなシュールさですばらしい。だからこそガメラ出現のタイミングではいる大怪獣ガメラのタイトル。いたって貸本漫画調なやすっぽさとうつるのだが白黒というのとあいまってシュールさからの大落差で超ポップ。みごとなでだし。国籍不明の不気味な爆撃機は。本作を冷戦期という情報暗黒時代におきたエリア51事件のようなできごととしてつよくいんしょうづけるのにひとやくかっている。灯台と怪獣という構図も。ブラッドベリの霧笛をおもわせるが原子怪獣現わるのようなとってつけた感はない。なんといってもそこに孤独な亀サイコ少年をからませたことで暗黒童話っぽさがきわだってウルトラcならぬウルトラqしてしまっているからだ。手足をひっこめ円盤のように飛行するのもわらってはいけない。あらゆる円盤事件はガメラかもしれないのだといっている。吉田義夫と浜村純そして左卜全のおかげでガメラが完全にゴジラ的な社会派怪獣ではなくなってホラーでダークで胡散くさいクトゥルー怪獣のようになってしまってて。そこがなんといってもよい。あとはラストにむかって荒唐無稽さのジェットコースターで。宇宙スケールきわまって。ゴジラのような哀愁もへったくれもなくsfでおわる。ガメラ第一作。ギララやガッパにはない低予算さで逆にいきのこることができゴジラにつぐ存在に。皮肉だが本作それくらいなんともいえないオンリーワンな魅力をもっているのはたしか。とにかくzプランなる謎の国際プロジェクトが秘密裏の人類選別火星移住計画のようでダークすぎ。

2019年1月18日金曜日

愛の亡霊

メキシコ革命期の荒野を舞台にした特撮西部劇恐竜映画があるのだけれどもみていてたのしいものである。そんなたのしさにつらなるものとして邦画ならではならば。股旅ものに怪談ものをからめたものがある。怪談昇り竜とか東海道お化け道中とか。そんな中の一本に本作もいれたいといったらおこられるだろうか。音楽もすばらしくオープニングがまずいい。人力車だが。まるでタクシードライバーのオープニングのあのぬるっと登場するイエローキャブのようだ。車屋儀三郎。屋号は車儀。人力車夫。体力勝負なある意味侠客である。酒もつよい。そしてそのかれがちいさいながらかまえた一家そしてその家屋。中世の古城ならぬ旧日本家屋だが黒びかりして重厚。そこを舞台とした昔気質の漢の年代記であり立派なゴシック劇である。それもヨーロッパというよりアメリカ中西部が舞台のトラック野郎ものにしてもにあいそうな。それくらいかわいた荒涼がひろがってる。そうどこか郵便配達は二度ベルを鳴らすをおもわせるところさえある。そのへんがにたようなジメジメした村視点のみでえがかれたやすっぽいよくある村落日本映画とはひとあじもふたあじもちがっている。あくまでもハムレットやリア王などのシェイクスピア作品にもつうじる主人ののろいが城におよび末代までたたる的なそんな中世大悲劇である。そしてサイコのような。いきなりあれだけ前半存在感をはなっていた主人公が。突然暗殺者にのりこまれあっけなくころされてしまって後半主人公が交代して別の映画のようになってしまうというところのメタミステリー映画でもある。田村高廣から。刑事というより私立探偵っぽい駐在。川谷拓三に主人公がチェンジしてしまうのだ。田村高廣パートはまるでゴッドファーザーパート2におけるデニーロえんずるところのビトーパート。とおい過去。どこか日本昔ばなしのようなえがかれかた。カメラもおくゆきのあるローキー。川谷拓三パートはまるでパチーノパート。カメラはハイキーで。画面はいかにも平面的で三面記事的で現代的な画質へと変化。パチーノと川谷。共通するはそのニューロティックさ。かも。ところで儀三郎暗殺の犯人グループである。吉行和子と藤竜也。どこか無自覚な。罪をおかしてあとになってはじめてことのおおきさにきづくテロリストのようにもみえる。でまくってはいるがどこか存在感がうすくストーリーをすすめるためだけの狂言まわしのようにもみえる。もしくは黒子か文楽人形のよう。それくらい近未来人的で。その性交場面さえ無機的にみえる。それはとにかく。田村高廣がほんとうにすごい存在感。たとえ分家の分家そのジナンサンナンでちいさなヒャクショウヤの出であったとしてもいまや家族をおもう家長としてのイダイサ。車屋という下層だがれっきとした職人としてのプライド。べっとりとその家屋にぬりこめられ。たかのようなそんな重厚な家屋の美術セットとそんな家屋をとらえるカメラはほんとうにすばらしい。アルジをうしなってからの家屋はというと。ひとりのこされた吉行和子がそこを舞台にしてじょじょにくるっていくすさまじさ。長女もイエをでていくし。ボヤをだしやけのこり再建されてからの家屋はというと。いよいよ廃墟感がすさまじくなる。もしかして長男はやけしんだのか。なんとも不穏な雰囲気の美術セットとカメラ。このゴッドファーザーパート3のコルレオーネ家のような家族没落のサマはなんともすさまじい。この段階で二代目当主な顔をしてまるでベトナムがえりか南軍くずれかのような藤竜也がイエへところがりこむ。と。冒頭とそっくりな儀三郎不在宅既視感な二人のブキミな密会シーンに不思議突然もどる。いきなりのタイムループ感。しかし。儀三郎の天の声。いや地の声か。それがまたもかぶさる。それもこんどは地獄の底からのようにまがまがしく。それはそれはおそろしいシーンだった。一瞬みているこちら側の精神までいかれてしまったかとあわてる。この手法。監督の必殺技で。帰ってきたヨッパライでもつかわれていたが本作ではより洗練されさえわたっている。もはやはやすぎるタイムループホラー映画といってさえよい。かくしてもろともに田村高廣ののろいは二人におよびジェットコースターのように終末へ。森の中の地下室のような古井戸から発見される儀三郎の死体もそんなふうにしてみなおしてみると八つ墓村の洞窟死蝋やリングの床下井戸をはるかにこえてはるかにおそろしくうつる。というよりどこか王や神のミイラのようなこうごうしささえ。いやはやクロサワにひけをとらない。クロサワにはやはり夢という特撮映画があるが。いやそれ以上な。あのぶっとい梁の日本家屋のもつ漆黒の魅力のもと。あらゆるものすべてがしらずしらずのうちにうしなわれていってしまっていた転形期薄明時代。その霧と闇にうごめく魑魅魍魎を存分にとらえきって。あっぱれな世界のオーシマ日仏合作逆輸入特撮怪奇映画。

2019年1月13日日曜日

マタンゴ

マタンゴは間接的ゾンビ映画だ。だって人間がキノコになってそれを人間がたべてまたキノコになるんだもの。キノコは元人間である。キノコの正体は胞子である。胞子は粘菌のように条件さえととのえばみずからの意思でうごくことができるようになる場合さえある。緊急指令1041010のドロ人間がそうだ。地中の。分解一歩手前の腐乱死体に胞子がとりつき生前の残留思念と胞子の意思がむすびつきゾンビのように復活した。サンゲリアの半世紀前ゾンビなんかがその好例だ。そうかんがえるとマタンゴ。あのマタンゴの森はもしかしたら原住民の村落墓地だったのでは。うめられた死体が胞子に感染しキノコ人間もしくはキノコとしてよみがえった。そういうものなのかも。そうかんがえるとラスト。いきのこった主人公がふりかえるとマタンゴをたべてもいないのにその顔にはマタンゴ症状がすでに。あれって胞子が空気感染したとかいわれたりしているが。じつは彼。マタンゴの森でゆきだおれてしまっていったんはしんでしまった。だが胞子に感染しその状態でいきかえり日本にもどってきた。そうともとれるのだ。だとするとあのマタンゴの森ってチンケにみえるけど相当に不気味だ。

2019年1月11日金曜日

かまいたち

どうやら牧主演回とおもうから本作は難解なのであって。じつは本作。的矢所長主演回なのでは。それも牧のエヴァ的苦悩ではなく所長の鉄人28号的大活躍。それがストレートにえがかれているようにおもう。所長のかたる少年時代のかまいたち騒動のくだりなんかあまりにもしんにせまりすぎているからだ。どこか村の長老が村人たちへと伝説の妖怪ばなしでもしているようなそんな妙なスケール感と深淵さがある。じっさい本作での所長は出番も口数もすくないがその表情でじつにおおくのことをかたっている。まるでゴジラのセリザワ博士のようなかっこよさだ。所長主演回といえばこうもり男の回もそう。じつにシュールな回であった。この的矢所長という人物像ホントつかみどころがない。仙人というか。モーゼというか。そんな所長が巫女じみたサーボーをしたがえてかまいたちとの勝負にでるのだ。そのようにかんがえると。一般にいわれている動機なき殺人などという本作の社会派推理的解釈がじつは相当に偏狭であることがわかる。そう。宗教殺人。たとえばカミュの異邦人とか。そうした神学的旧約的背景。それくらい原罪と実存のふかい闇をかかえた事件。そっちのほうこそがよっぽど理にかなっている。どうだろうか。わかい女ばかりをそれもおなじ橋のうえでバラバラにしてころす。まるで古代インカとかのあらぶる神への供物祭儀のようではないか。そうなるとあのアロワナのえさやりショーのシーン。戦慄ものでさえある。こうしたゴジラのような暗黒神不条理絶対巨悪にささやかだが抵抗せんとする確固たるsri精神。あの。つり人形プラスコントローラーと。そしてそれをあやつり勝利する所長。その表情。ダークサイドをしっかりみすえみずからはダークサイドギリギリでふみとどまる。そのことの大切さ。それをあの表情はおしえていやしないだろうか。あわてふためく野村はもちろん。とまどいの表情の牧やいかりばかりな町田警部。すくなくともかれらよりあきらかに力づよい。さすが所長。

2019年1月10日木曜日

地球に落ちて来た男

本作の原作脚色はといえば。しっかりと経済小説しておるし起業家サクセスストーリーのポイントもちゃんとおさえ。個性的なメンメン弁護士オリバーや大学教授ブライスそして宇宙人ニュートンによる巨大新興企業ワールドエンタープライズその盛衰それらをてぎわよくていねいにえがこうとしている。それはたしかだ。登場するお茶目な運転手つき社用車もたのしいし暗躍する国家がらみの対抗勢力かれらとの攻防にしたっていたってスリリングだし。しかし感覚派監督ニコラスローグはというと。そうしたよくできた職人的脚本にそった波瀾万丈にドラマチックなあつい正統派大悲恋大河ロマン風演出からはどうやらはなれようはなれようとしているようで。どちらかというとダメセレブ同士の退廃的でズブズブななんにもおこらない腐縁すれちがいメロドラマそっちのほうを志向している。よって脚本と演出においてへんな解離がおこり全体がギクシャク。それが本作を一見ゲージツっぽく難解にみせている。これはデヴィッドボウイ自身のアーティストイメージにもおなじことがいえる。ボウイは一見ロッカーなビジネスマンミックジャガーとはちがう。ましてやゲージツ家でもない。本作のラストシーンをみよ。スターじゃない。ジギースターダストでもない。時代おくれなただのスターダスト。このズタボロさ。かっこよすぎ。さてそしてついにオリバーはころされニュートンは国家に拉致されてしまう。しかしバラバラになりそうになった会社や青春の仲間たちを維持せんがためとマドンナであるメリールー。えんずるはあのアメリカングラフィティーのキャンディークラーク。彼女は意図的に科学者と所帯をもつ。そこにはニュートンにたいする純愛がふかくふかくきざみこまれている。ブライスはブライスでミュージシャンにまでおちぶれたニュートンを必死でさがしあてる。ここにきて一見難解にみえていた本作。いかにもストレートかつシンプル。すばらしい腐縁メロドラマ。かつダメセレブ群像賛歌。で。同時に。あのアメリカングラフィティーにおとらずの。さわやかで。せつなすぎる青春映画その大傑作。

2019年1月6日日曜日

パーマネント野ばら

地方のパーマネント屋が舞台。ながれ者がきていつきそう。床屋じゃないから大丈夫か。でも薄幸天使な少女とそれをとりまくハハとババのコンビがオナジミのホラーキャスティングすぎてまるで復讐するは我にありのアイマイ宿みたいではある。もしくは千と千尋か。店にでいりする客もオミズなのがおおく田舎でたのしみもないし血の気やチソコ汁のおおそうなのもおおそうなので近親相姦関係が複雑そうで痴話殺人とかしょっちゅうおきてるっぽい立地はやはりホラー。で。やはり。でた。悪魔のいけにえアーンド八つ墓村なチェーンソー男。まさにきり株な所業。やはり本作最大のクライマックスは妖怪鬼婆への出張パーマか。感想。サイコホラーとしても主人公にトウがたちすぎているしさびしんぼうや時をかけるのようなせつないアイドル映画をねらうより山岳ホラーとして海岸より禁じられた遊びチック共同墓地な丘でおわらせたほうがよかったかも。でも最後を薄幸天使でおわらせたのはよかった。

2019年1月4日金曜日

正月スペシャル

ある意味ホラー回。爆破片は弾丸よりはやいそれにうちぬかれるようなものだとかさんざんおどしといて狂気の悲鳴とともに背中に無数の被弾。だもの。かかわった男がつぎつぎ不幸になるそういった魔性感ファムファタール感。というか業のふかいショーバイ科捜研そのオンナな雰囲気をまとったマリコがなんともダーク。真犯人の巧妙なダークサイドおとしこみ作戦だったのか。にしてもこのじわじわと。という悪はなかなかでこのてのふかい心の闇をかかえた犯人像。わくわくする。さて犯行だがヒトケのない山岳ミステリーと爆破サスペンスをからめた点がなかなかに荒涼でダウナーな気分をb級映画的にかもしだしてくれている。クライマックスも廃ビルだったし。住人がパニックになって無人。ゴーストタウン化した町を爆弾感知器もって爆弾処理にむかう一行その図はムチャクチャかっこいいとおもうので。もうちょっとスケール感つけてえがいてくれてもよかったのですが。最後にとにかくわすれてはならないのが上島竜兵氏。首おられころされたうえに死体を爆破処理され。それもついでに。しられぬまま土砂にうもれるなどというあまりにもなムザンさはさすが。にあうことにあうこと。土から顔だけでていたがあれは頭部だけで発見されたということなのであろう。すさまじいかつみごとな死体演技である。

2018年12月31日月曜日

かまいたち

タイトルクレジットの下水ながれこむドブ川にひっかかったバラバラ死体の腕。見事なまでに下水道な汚濁感。つづく死体検分シーンにしてもその立地なにやら下水道内の正体不明な地下にしかおもえず。おちる水滴の反響音さえきこえる。犯行自体が橋の上でしかおこなわれないのは真空切断機の設置とか効力の事情によるものだろうがバキュームカーのようなその切断機のフォルムはとにかくグロい。いずれにしてもつねにドブ川を背景に凶行がおこなわれるという点ではやはり下水道をつよく意識せざるをえない。鑑識が川底をさらうシーンはひとつのハイライトにもなっている。また現場に去来する野次馬全員を個々にうつしてその写真の束を夜どおし床にひろげて検分するシーンがあるが。これにしてもなにやら全然sri本部内とは到底みえず地下の巨大空間でおこなわれているような印象それにつづく暗室シーンにしてもだ。とにかくいろんな角度でアンダーワールド。地下とか下水道とかのキーワードがぬぐえない。そんな下水道映画な本作なのである。とどめは半地下のようなくらい喫茶店でのアロワナショーである。もうこうなっては下水道の巨大ワニである。なにもかも下水道下水道である。下水道はなにも垂直方向にばかり底がぬけているのではない。なんと牧の暗黒推理は犯人のはたらく町工場の裏庭が犯行現場へと水平方向に底がぬけてしまっていることをみぬいてしまう。そう町工場は。町は。すべては。象徴地下世界の最暗黒ターミナルに存在していたのだ。都市の地下を江戸川乱歩屋根裏の散歩者さながらにあみのめのような下水道をつたいいたるところのマンホールから神出鬼没する殺人鬼そんな恐怖をクトゥルー神話とはまたべつの暗黒絶対恐怖として宇宙的にえがいたそんな下水道映画の傑作それが本作だ。

2018年12月28日金曜日

かまいたち

怪奇大作戦全話中。白い顔。青い血の女。散歩する首。そして本作と。名作サイコをおもわせる作品。すくなくない。なかでも本作は犯人が出番もおおく主人公だがその寡黙さ。ノーマン以上に不気味かもしれない。くわえてその登場シーンにはあのどこかやすっぽいテレビライクな円谷特撮なじみのトリッキーな画像処理がなされておりより犯人の人間ばなれした印象をあたえている。その即物っぽさ。うすっぺらさのせいかラスト。野村の主観幻想のようにしてうつしだされるバラバラにされたマネキンさおり人形のトリッキーさ。でさえ叙情的にかんじられるほど。それをながめる犯人のさだまらぬ視線。そこでおわってもじゅうぶんにおそろしいのにさらにおいうつかのごとく。観念的シーンが。やすっぽく。やはりトリッキーな画像処理でつけくわえられている。黒目と白目のいれかわったさだまらぬ犯人の目のうごき。このフィルムを常用。タイトルバックとしサイコシリーズのようにオノマツオの連続サイコドラマさえできそう。それもオノマツオあきらかに人間ではなく東宝変身人間の系譜のガス水道電気につぐインターネット。超sfな第四のインフラ怪人として。そうまるでダークサイドシリコンバレーのようなあの町工場街。その闇の奥からうまれた。

2018年12月24日月曜日

三大怪獣地球最大の決戦

本作はなにかとキングギドラでかたられがちだがガメラにおとらないよいこのみかたモスラがすてきすぎる。ドラマ部分もまるで太陽にほえろのような青春刑事ドラマだ。あかるい作風がとてもよい。前作で親兄弟をころされみなしごに。でもくじけない。双子のうちでも微妙にちいさいほうだったくせにもうけなげでけなげでモスラ最高だ。ゴジララドンさえも戦災孤児仲間のように最後には崖のうえからみおくってさえいる。なける怪獣映画である。戦後史的にみればゴジララドンは戦争の恩讐をひきずっている。しかし本作でのモスラはそれをこえるようさとしている。まるで二人のくらい目をした傷痍軍人をはげますはだしのゲンのようでもある。故郷のインファント島も今はみるかげもなく荒廃。たよるものはなにもない。なのに本作でのモスラはただただ明快に暗黒の象徴キングギドラにたちむかう。そういえば本ブログ先日の。前作でのモスラ亡霊説。うらづけるような展開が本作においても用意されている。本作では金星人の霊が王女にのりうつりやはりキングギドラの脅威を予言おおくの人命をすくうのだ。なので本作でも前作の母モスラの霊のようにモスラには無名の無言の庶民めぐまれない子供たちみんなののぞみがよりそいたくされ応援しているといえる。この明朗さはうらをかえせばそれだけ戦災孤児や傷痍軍人といった戦後の薄明をえがきそこにうもれた闇をうきぼりにしているともいえる。だからなけるのだ。同時に本作はそれまでの核の問題も言及していないし自衛隊も後景にしりぞきおよびごしの安保的国防である。あてにさえしていないのだ。モスラは筆者のようにひよわな戦後民主主義の子供ではない。原初の子供である。だからこそ薄明なのだがそのぶんファンタジーにもあつみがでている。さてハリウッドでリメイクされる本作こうしたおもいもふくめてのぞみ期待したいとおもう。

2018年12月23日日曜日

モスラ対ゴジラ

本作はそのタイトルからさも二大怪獣対決物にみえるがシリーズのゴジ逆そしてキンゴジとは完全にことなり実に斬新な変則物そしてその冒険的姿勢は成功なかばだが先進性においてとんでもないくらいすばらしいものそうみたほうがよい。本作なかなか解釈がむずかしく本ブログでもけっこうたたいてホコリをだしてきたがホコリができってしまったのかとんでもない本作の正体ここにきてみえてきてしまったからだ。それはつまり。ズバリ。ジュラシックパーク。怪獣観光地帯ハッピーセンターその興亡史。ゴジラの進行ルートも干拓地から離島まですべて広大なハッピーセンター敷地内とみなせばよくそしていかに本作がジュラシックパーク系なものであるかがそうすることでてにとるようにわかろうかというもの。ただ問題となるのがもうひとつの怪獣地帯そうインファント島である。そこで筆者はこうかんがえた。モスラはすでにしんでしまっておりインファント島もしずみただいっかくモスラの墓がのこされているのみと。そうすることで怪獣地帯どうし印象がかぶることなくハッピーセンターへと集中することができる。卵をかえせとの成虫の初回飛来だがきづかれることなく森の中に突然いたというあのシーンは筆者どこか幻想的でとてもすきなシーンなのだがあきらかにへんだしおかしい。あの成虫の姿は小美人がつくりだしたテレパシーであろう。そして再飛来のさいのゴジラの卵からのひきはなし。あれはやはり小美人のサイコキネシス。そう本作でのモスラ成虫は亡霊怪獣だったのだ。

2018年12月21日金曜日

美女と液体人間

なんともいびつに健全風な科学者とキャバ嬢の青春物語なこのかんじ。もしかしたらまともなストーリーなのは。冒頭ギャング三崎が謎の発砲音をのこし下水道にながれさるまで。そこまでなのではないだろうか。そこまででスタイリッシュなフィルムノワールとしての本作はすでにおわってしまっているのではないだろうか。あとは三崎のいまでは液体人間になってしまいその残存意識すらとおのきつつあるいかにもこころもとないシュールな三崎のゆれうごく主観視点なのでは。表現主義とはうらがえったキッカイなロマン主義なのだから。フィルムノワールとはそうした表現主義のうえになりたっているものなのだから。あくまでもいまここにいない三崎を主人公とした屈折しまくった。けれどムチャクチャかっこいいフィルムノワール作品。それが本作。なぜこんなかんがえにいたったかというと。あくまで筆者超個人的意見だが。東宝の特撮としてみたばあいどこかハタンがひどすぎるのだ本作。でもなぜかチョーひかれる。あのドゴラやラドンやオール怪獣大進撃のあのかんじ。もしかしたらこれこそがゴジラ第一作にはなかった。円谷というより本多監督の。あの成瀬監督にちかい。変すぎる。モチアジのマックスなのでは。ゲージツなのでは。そう。いやにあの無機的に側溝にながれこむ雨の夜の冒頭シーンがながくながくかんじられるし意味深すぎるのだ。陰鬱なギャングとしての人生ではなく新進の若手科学者の人生をいきなおそうとでもしているかのようにみえるのだ。すべてはなかったことだったのである。刑事物の側面といい幽霊船物の側面といい大炎上といい反核モードといい全部バラバラでベタすぎる。まるで脈絡のない薬物トリップ風景としかいいようがない。そうするととってつけたようなあのラストの。博士の。液体人間とは放射能時代へのあらたな人類の適応であり進化である。というオフでのセリフ。あれがまとをえてくるのだ。ふにおちるのだ。そして三崎にとっておおいなるすくいの言葉ともなっているのではないだろうか。たぶんに皮肉的かもだが。そういかにもあわれな人生をおえた三崎というチンピラ。そう本作の主人公ミサキとはガス人間ミズノ以上に実に実に魅力的なズタボロまけ犬ダークヒーローだったのである。以上液体人間感情移入できないとひょうされがちだが不満をもらすまえにおもいっきり感情移入をこころみた結果筆者えた見解。結論。本作ヒッチコックのめまいやサイコのような超実験的フィルムノワール。

2018年12月17日月曜日

シン・ゴジラ

フィルムノワールそのノワールは闇というより薄明である。暗黒映画とやくされるが暗黒大陸ならばアフリカだろう。つまり新大陸。それはかつてのアメリカ西部であり南部である。亡命天国魑魅魍魎妖怪怪獣ばっこするところ。ベトナムもそうであろう。沖縄も中近東もか。広島もそうである。だから枯葉剤や原爆が躊躇なくつかわれた。そして効果をまるで異星のように調査した。モロボシダンとアンヌである。はだしのゲンである。全南部化した全アメリカに登場したトランプももはやゴジラにすぎない。いまや全世界が暗黒大陸化してしまった。本作ラストによって巨大冷凍ゴジラ樹そびえる東京は日本はまさにその暗黒大陸の象徴といえる存在となったというしかない。だろう。いや超理性の宇宙人やaiからみれば暗黒惑星か。いらなくなったら躊躇なく絶滅しにかかるだろう。その墓守役が矢口であり巨災対である。かれらは悪か善かそしてかれはヒーローなのかダークヒーローなのか。ただのゾンビなのか。いまなぜか世界からの観光客が増大している。オリンピック。万博。いや911で暗黒大陸とかしたからだ。本作見事なポストコロニアル時代のフィルムノワール。ポストとは反ではなく汎である。

2018年12月16日日曜日

サイコ

フリッツラングとかとともにフィルムノワールのパイオニアだったヒッチコック。でもラングやオーソンウェルズのような芸術的フィルムノワールをものにできずにいた。そこでワンシーンだけを芸術としようとしてダリとくんだり。芸術ではなく空想科学的フィルムノワールならとれるんじゃないかと鳥をとったりした。そんなフィルムノワールのマスターピースへのこころみのひとつが本作である。革命的実験的ワンシーンによってフィルムノワールをこえるフィルムノワールをものにしようとしていたのである。まるでキューブリックのようなはてしなき上昇志向である。で。本作で導入したのはなんとアニメーション的感覚。そうあのシャワーシーンは今ではよくあるストロボでのスライドショーギミックあれとそっくりなかんじなのだが。しかしそんなものとくらべてはならない。なんと本作のそれは音響とのコラボふくめ極限まで洗練されデザイン化されている。だからそれはもはや最新感覚のcgアニメをみているような感覚さえみるものにあたえる。鳥では円谷的特撮を。そして本作では手塚的アニメを。と。すさまじいまでにはやすぎる。そのジャポニズムサブカル要素導入。ぶっとんだポップ感覚である。キッチュ感覚である。もはや人間は二次元の無生物としてあつかわれている。いやゲームのアバターだ。だから本作のこのシャワーシーンはきわめて80年代的スプラッターきり株ムービー感覚にみちみちている。やはり本作こそナイトオブザリビングデッド悪魔のいけにえその両作品を用意した直系元祖である。といわざるをえない。

2018年12月14日金曜日

地獄1960新東宝

本作と吸血鬼ゴケミドロそしてウルトラqガラモンの逆襲にはうれしい共通点がある。これらすべてきわめてすぐれたダークヒーローをかいしている。ダークヒーローたるもの主人公であってはならない。しかしただたっているだけで主人公をくってしまうたたずまいがある。そして男なのか女なのか。そうフィルムノワールでいうところのファムファタール運命の女の要素がなくてはならぬ。運命イコール薄命である。そう悲劇的な最期がえがかれる。薄命は薄明にもつうじる。幽明境をことにするかんじ。いきているのかしんでいるのか。このはっきりとしないかんじがみるものをひきつける。同監督は後年いきている小平次でこれをよりつきつめる。いまでいうところのlgbtな役者も適役だ。ピーターとかジュリーとか傷天やバンパイヤ時代の水谷豊とか。本作の沼田曜一はすばらしい。一転ガラモンの逆襲ではあいすべきトラック運転手だ。しかしどこか非日常をひきずっているのでダークヒーロー義那道夫との対決がひきたつひきたつ。本作でも天知茂のいかにも厨二な主人公。二人のあやしい関係性は本作を完全なる青春怪奇映画にしている。そう断言する。ゴケミドロも吉田輝雄がどこか天知してて厨二っぽいので高英男のダークヒーローさをきわだててた。

2018年12月7日金曜日

自給自足の達人

ナントカの達人の回って結構あったような気が。シリーズか。あまりにもな荒唐無稽さトンデモ回に心地よすぎてついウトウトでの試聴。ゆえにTVerでのネット再視聴を敢行。便利になったものである。無料である。期間限定である。自居に録画機能もない。テレビすらもっていない。中古スマホでのワンセグ環境のみ。そんな筆者である。さて。冒頭がすばらしい。山の中の銃による殺害事件だからか。反体制組織やカルト教団の内輪もめとかがうたがわれてでもいるのだろうか。やたら鑑識の数もおおく上空にはヘリ。この無意味なスケール感。ワクワクさせられる。典型的なヒトケのなさフル活用の今シリーズ一話のような。おなじみの山の事件。うめたりうめられたりの連続。ワクワクする。しかしそれがどうしたことだろう。まるで現地は京都府警の裏庭のようなちかさ。さもなくば科捜研は捜査のためにテレポート装置さえ導入したのであろうか。いやマリコの特殊能力か。マリコさん足はっやってなアミちゃんセリフが超イミシン。そんなかんじ。すごいワクワクさせられる。スピルバーグもびっくり。それにしても村人全員がライフルを所持しているって。とても害獣対策とはおもえない。ここはツインピークスな不穏な不穏なアメリカの恐怖村かよ。ショカツもへったくれもなさげな広域捜査はまるで宇宙パトロール隊である。容疑者コンビの元caは宇宙飛行士である。それが今では正規軍と反乱軍とへとなかたがいし。一人は反文明の辺境惑星にすみ。そう。一人はブログ惑星の女王。そんなかんじのその後の少女宇宙戦士たちの仁義なきたたかいズブズブ少女漫画。とか。そんなかんじでいいかんじ。取調室のうちっぱなしのコンクリート壁なんか。まさにそういうかんじ。

2018年11月29日木曜日

ガメラ対大悪獣ギロン

本作。その主役だがシリーズ中ほかの作品。それらにおけるガメラだったりーの少年たちだったりーのというのとはちょっとちがう不穏な空気が充満している。これはとんでもないことである。そういえば対ギャオスや対ジグラにはそれっぽい健気な女子大生がでていたようにおもうし大魔神シリーズでは健気女子は鉄板だが。そう本作の主役は宇宙人女子ふたりバーベラとフローベラ。その名前のひびきからもわかるようにちょっとトウがたってはいるが設定はあきらかに少女であろう。そう本作その彼女たちの。メルヘンである。少女漫画である。宝塚歌劇である。ボーイズラブならぬガールズラブジャンルである。こんなのはシリーズ中のみならずすべての怪獣映画においても異常事態だ。ふつう怪獣ものといえば男の子を対象にしているものだが本作はぜひ女子にこそみてもらいたい。そしてどうかすきになってもらいたい。ネット上で女子のそんなかきこみがいつかみれることを夢みる。そう残念なことに男でありしかも小二病の初老のオッサンである自分には本作正確な評価がくだせないただもやもやするばかり。もし自分にショコタンのようなオタクな娘でもいればぜひみせてみて感想をあおぎたいものである。少女といえば物語の導入も円盤であやまって宇宙の彼方に実の兄と外人の恋人をうしなってしまう健気な少女からはじまる。彼女とにかく無事をいのる。どこまでも健気なのだ。星に願いをなのだ。メルヘンなのだ。そして主役のふたりの宇宙人少女たちだが人類滅亡後ただふたりいきのこり氷河期せまる惑星テラからの脱出を夢み身をよせあうようにくらしていたが。はたせずハカナクかなしく死んでゆく。そんな少女版楢山節考のような残酷お伽噺作品。もうガメラでもなんでもない。テラといえば地球テラへというsf少女絵漫画もあったがそんなかんじ。とにかくこの女子ふたりが名演技だし物理的にも登場時間が異常にながくほぼでっぱなし。で。やはりどうみても主役としかおもえないのだ。

2018年11月26日月曜日

続・猿の惑星

本作は猿映画としては完全に失敗しており今みると猿惑シリーズ随一のトンデモ編もしくは番外編とうつる。しかし第四作の征服とならべた場合その意味と弁明うきぼりにならないでもない。そうまるでポジネガの関係。たしかに征服での人類のえがかれかただが生体実験とかロボトミーとかどこか偏執的で本作のテイストをのこすしまた本作でのゴリラ侵攻これも実にちゃっちくなってしまってはいるが征服での暴動とおなじ次元事態であろう。そしてなによりテレビ放映のさい核のおそろしさを子供たちのわれわれ世代たちに第一作とたてつづけようしゃなくつきつけて初見時トラウマ化させたという点では大成功している。つまりノストラダムスの大予言系絶望映画。それは本作がホラー映画の手法をとっているせい。そしてだからかsfかつホラーとしてはかなり冒険的こころみすぎて中途半端はいなめない。しかし新大陸暗黒時代の魔女がりや白人至上主義秘密結社な薄明の裏アメリカ史っぽい陰湿さはとにかくエグい。これらを征服は克服し傑作たりえている。そう閉鎖空間ドラマとして地下世界が本作ちょいちゃちすぎるのだ。だから征服はそれをロケとした。それもゾンビのように現実在の巨大モール街を利用。本作での地下街。それは怪奇映画になくてはならないゴシックな洋館の役目をおうものだろう。もしこれがロケで。たとえば廃坑を利用したゾンビ続編死霊のえじきのようだったら。死霊のえじきのように成功していただろう。ミュータントはゾンビというより完全にドラキュラである。これはこれでなかなかゾンビにはないヌメッとしたエロチックさでよかったが。そしてなによりテイラーつまりチャールトンヘストンの存在感。彼が大人の事情で主人公となりえずまるで最後にすべてをもっていく超ダークヒーローヴァンパイアハンターヴァンヘルシングたりえている点。いずれにしても第三作の新をやはりトンデモアクロバチック続編な。シリーズ随一の現代アクション編とするならばやはりアクロバチック続編である本作ももっとシリーズ随一の静謐レトロなあじわいの古典的ホラー編として評価すべき。ミサシーンのヤバすぎるオーメンそのものな音楽は絶品なんだから。

2018年11月23日金曜日

フリマアプリの達人

今期シリーズ主役が絶妙に脇役化してきていると前にかいたが今回の本作は子役主役のフリマアプリなる独裁aiに翻弄される大人たち出品物生産の奴隷労働をしいられる子供たちモンスターペアレントは文字どおり人間ばなれのモンスターな見事に童話チックジュブナイル作品。これにはおどろかされた。タブレットがまるで魔法道具のようにあらわれたりきえたり。真犯人とその動機もまるまる童話に登場するわるい大人そのもの。終始どこか地に足のつかないような浮遊感。クライマックス。リアルフリマ会場でのスラップスティック場面。ゆるキャラまでもがシュールに浮遊してたりさえして。冒頭どことなくティムバートンっぽい人工的な照明が気になったがナルホドそういうことだったのか。

2018年11月17日土曜日

着ぐるみを殺した声

おぞましいオバハンたちにこづきまわされるようにしてパワハラされるイケメンたち。かれらの側へとよりそうようにして事件を解決へとみちびく万年天然理系少女マリコ。この構図があたらしい。さて今回の主役はヤンヤンなる不気味な着ぐるみであろう。ゆるキャラをきっかけに現実社会を不気味に侵略しつつ感のあるモフモフ。殺人トリックそのものがその着ぐるみ中身のいれかわり。街中を徘徊しても警備員にもあやしまれない。そんな着ぐるみ天国の現代。三次元を侵略する二次元。なにより不気味だったのが科捜研本部の大テーブルによこたえさせられまるで司法解剖でもされるがごときの画角でとらえられるヤンヤン。さらに誰もいない本部を幽霊のようにさまようヤンヤン。中身はマリコ。またもそのホラーキャラがシュールに炸裂。

2018年11月13日火曜日

ガメラ対深海怪獣ジグラ

ゴジラ対ヘドラと同年の作。でしっかり海洋汚染も同様に踏襲し。ともに宇宙からの来訪者なのだが。ヘドラ以上にその存在が生命体としてはかなり難解というか複雑というかイイカゲンというか。そのトンデモ生態。よくいえばクトゥルーっぽいともいえるが。みずからの頭をホラー洋館によくある剥製の壁かけのようにして円盤のロビーの軒先に鎮座しておられるのにはまったくおどろく。ごていねいに蜘蛛の巣までからみつかせ。ほぼ新春かくし芸大会のハナ肇かよ。ジグラ星人。それよりなにより本作ジグラが。個性的な怪獣ばかりのガメラシリーズのなかでも永遠不滅なのはジャンル的にサメ映画ともとれるそのフォルム。三段背ビレを水面に波だて。おそってくるのだからこれはこわい。で本作あのジョーズ2ににている。ジョーズ2。じつにただしい怪獣映画パート2のありかただった。ホラー映画から見事なまでに子供むけ怪獣映画へとかわっていた。シーテーマパークが舞台なところがまずおんなじだし。そしてともに筆者のガキ秘密基地ゴッコ魂に点火。かつおおいに満足させてくれるところ。ジョーズ2では無人島探検とばかりにイカダとヨットで沖というがすぐそこの送電島までという子供らしさ。本作では。たどりついた無人島が絶海でもなんでもなく鴨川のチョイ沖。ホームレスと遭遇。怪奇大作戦24年目の復讐をおもわせ迷作いや名作の気配濃厚。で御当人のガキは絶海どころかタイムスリップまでして過去の島にまできてしまったとまでいっている始末。この日常の冒険化のハナハダシサ。このユルサ。自分も。高校が造成地の新設校。掃除時間。校庭のうちすてられた長靴をひろって。横溝な。伝奇探偵ゴッコにふけるような奴。まさに中二病ならぬ小二病。なので。みているこちらをジグラジョーズ二作ともなんともメタフィクショナルかつシュールな気分にしてくれる。そんなハッピー映画。いや映画ハッピー。追伸。壊滅した世界のため人類は鴨川シーワールドに避難そこをおそうジグラむかえうつガメラなのだが。だからなのか普通。海を画面にいれる陸側からの構図なのだが本作とにかく海側からのシーワールドをつねにはいした構図ばかり印象にのこる。怪獣映画としてはスゴく変。やっぱりディストピアsf映画だからか。

2018年11月11日日曜日

一滴の血

血の池地獄があるのなら血の雨地獄だってあってよいはず。主人公はじつはすでにしんでいる系の作品としておもいっきりたのしめる世界終末風景ものの本作。ここにえがかれている東京っぽい都会はすでに地獄界なのだ。ゆききする雑踏は亡者たち。豊田商事なバブル時代を猛烈に皮肉っている。そうこの世界。おしゃれきわまりないが。白黒だし。水のしたたる音が終始。空間に反響してて。とにかく変。うり手市場の好景気。地獄には今日も履歴書が大量におくられてくる。60年代は例のあのボーリング工事音だった。あれもじつに不穏だった。異界だった。本作の無人のブティック風景は60年代のあのウルトラセブンアンドロイド0指令やあの白日夢の作中の無人デパート風景につうじている。無機的である。そう地獄にちがいない。ディストピアにちがいない。いやもしそうでなくてもラストカットのこの直後。血の大雨がふるのだとすれば。その終末風景たるやハンパないだろう。冒頭すれちがった雨もふってないのに傘をさす女。主人公だけが半狂乱で皆。平然と傘をさしてあるく。その伏線か。どこぞのカルト宗教の布教pv。汚染物質が大気圏にふきだまり赤潮ならぬ赤雨そんな環境破壊ノストラダムスの大予言系終末パニックトンデモ動画。としても。充分かつ最強といえよう。そう本作。個人的収集ジャンルであるところの。そう例の。下水道映画でもある。みつけたぞ。ここにもあった下水道映画。嗚呼。素敵な地下世界万歳。ディストピアsf万歳。ところで怪談新耳袋には佐野史郎が演出したカセットテープというのもあって。丸尾末広の漫画。電気蟻そのもの。80年代ジャパニーズニューウェーブバンドの当事者としては。本作もふくめ。怪談新耳袋。以外なところからのわすれかけていたオルタナロック魂その映像化はうれしいかぎり。

2018年11月9日金曜日

土門刑事の女

土門刑事主役回。わかかりし日のアウトローな熱演ぶりがかなりよかった。今のちょっとつかれたかんじがそれとよく反応し見事な土門ハードボイルド回にしあがっていたとおもう。ファムファタール運命の女として登場する昔の恋人役。苦労人の薄幸なかんじもよく。まさに哀愁の土門刑事とおにあい。よってその死もきわだつというもの。この二人。出番もおおく。しっかりメインにすえられてるのはホント好演出。そのぶんマリコのトラさん化にはおおいにわらわせられた。同時になにかかなりおさえた演技になっているのも印象的。そこんとこ怪奇大作戦の三沢回での牧のようでもありさすが。前回が犯人三人組メインのマリコホラーキャラ全開回だとすると今回。ストレートにマリコのギャグキャラが前面に。そして脇にまわっているそれもそれ以上のなにかがありそうで不気味。そういえば初回は所長がその人間性全開でメイン。やはりマリコ脇っぽかった。今期はこんなかんじでいくのだろうか。でもなんかやはり嵐の前のマリコ脇役化のようで不穏さがただよい目がはなせない。

2018年11月1日木曜日

首都消失

後半の破綻のしかたが前線基地テント作戦シミュレーションへとまとまってしまうとだいたいサンダ対ガイラやゴジラ対ヘドラのようになってオタク御用達自衛隊映画のレッテルをいただきがちにおもう。それはそれでよいのだが世界大戦争や日本沈没のような正統派大作映画的感動はうすい。たしかに前半のポリティカルフィクションを後半もつらぬくのはかなりむずかしいだろう。しかし先日の曼陀羅の岸田森のようにキャラしだいではドンキホーテ的哀愁アメリカン傑作ニューシネマ感をかもしだせる場合もある。そうたとえばピーマン白書。そうネタ的トンデモ映画になるまえにいさぎよく男涙のズタボロ映画とひらきなおればよかったのだ。そこがなにやら80年代のこうした映画が70年代のものにまけるゆえんなのではないだろうか。いまや前半の集団ディスカッション劇部分だけを安全志向でうけついでそこでおわってしまっている映画のなんとおおいことか。さて本作でのズタボロドンキホーテキャラはというと。渡瀬でも山下でもない。盲目のストリートロッカー松村冬風である。元一世風靡。山下になぐりたおされ雷雨のなか感電死必至でエレキをかきならし尾崎風バラードをうたう姿はいまや完全になかったことにされているリモートジュンスカなどの原宿系ストリートロックのズタボロさをいまにつたえてあまりあるみごとさ。みずからホコ天ライブを経験した筆者はもう涙。石野陽子らアイドル風味もあって本作じつは金八第二シーズンにおとらぬストリート系学園危機一髪ならぬ首都圏危機一髪ものの大傑作。

2018年10月29日月曜日

曼陀羅

内乱あれる京都の山奥では日本妖怪の末裔たちがほそぼそと自給自足の村をいとなんでいた。そんななかなぜか西洋妖怪王ドラキュラが現代によみがえりかれらを先導。血こそすわないがやはり男色smレイプ死体愛好など悪徳のデパートたるドラキュラだけあって最新式のドラキュラ城を建設。村を王国にし日本を征服せんとドラキュラ城をラブホテルに偽装。そこで金と人をえんと資本主義の罠をはる。ラブホテルは全室監視カメラ完備で客のあらゆるデータを収集可能そのポストモダンな内装とあわせおおきく時代をさきどり。ある日学園闘争からドロップアウトぎみのつかれた若者男女4人がラブホテルをスワッピングで利用。しっかりドラキュラの罠にはまる。難をのがれたふたりのうちの女のほうが村へとさらわれころされたことでのこされた男はがぜん吸血鬼ハンターとして覚醒。村にのりこむとドラキュラの妻をその性技でおいつめる。結果ドラキュラは村そのものをけがされたと村を放棄。ここからが主演岸田森の独壇場で芸術ポルノなホラー映画の世界は一気にアメリカンニューシネマなズタボロ青春映画の世界へとシフトチェンジ。海上の無人島をめざしオンボロ船で沖にでるも嵐にあい全員しんで元の浜にうちあげられる。永遠不滅にこんなにも魅力的に時代おくれなドラキュラの悲哀をだせるのは世界ひろしといえども彼岸田森しかいないだろう。結論。本作番外編ながら血を吸うシリーズ最高傑作。ちがうか。ところで吸血鬼ハンターくんはというとラブホテルを勝手にうりはらい真剣を手にいれるとやはりドラキュラの魂がのりうつった政治家をテロしに新幹線にのって東京は国会議事堂をめざす。続編に期待。ちがうか。

2018年10月26日金曜日

ウルトラマン夕陽に死す

qの一の谷博士。マンのイデ隊員。セブンのアマギ隊員。エースの梶隊員。ウルトラシリーズにはマッドサイエンティスト一歩手前のようなレギュラーの系譜があることをわすれてはいけない。では帰ってきたウルトラマンにおけるそれは誰か。岸田隊員ということにはなってはいるがどちらかというと郷の対立者といったイメージのほうがつよい。そう坂田健である。プリズ魔の回ではそのマッドサイエンティスト一歩手前キャラが全開でもはや怪奇大作戦の牧史郎そのものだった。わすれてはならないのが本作の冒頭。マットビハイクルのスタビライザー開発シーン。じつにじつに印象的かつ唐突だ。そしてなによりも敵のナックル星人が宇宙人というよりも完全にマッドサイエンティストとしてえがかれているという点。そしてさらには坂田健の死。ということは本作とはじつは地球人宇宙人二大マッドサイエンティストの一大闘争とみることができる。その結果の正義のマッドサイエンティストのじつにダークヒロイックなシニザマ。だから本作はだんぜんおもしろいのだ。感動するのだ。本作。ゴジラ第一作由来のマッドサイエンティストものの王道中の王道の伝統の遺伝子が怪奇大作戦同様しっかりとうけつがれていた。

2018年10月23日火曜日

ウルトラの星光る時

とにかく帰ってきたウルトラマンのよいところはヒーローがめいっぱい人間くさいところにつきる。だからこそ弱点とさだめそこを宇宙人がついてきた。でも帰ってきたウルトラマンはそれでよい。たたかうことがへたなあいすべきウルトラマンでよいのだ。帰ってきたウルトラマンはたたかうヒーローではない。そもそも帰ってきた。なのだ。では。なんのために。そもそも帰ってきたウルトラマンとは。もはやその時点でお盆に帰ってくる先祖の霊っぽい。よわきゆえ神にあいされ奇跡をまねきいれる。そんなイケニエ的存在なのだ。そもそも初代とセブンは今回なんのためにかけつけてきたのか。いっしょになって戦闘力でもって敵とたたかうそんなことのためではなかろう。星をつくるため。こころみだれたウルトラマンがみうしなった指針たる星。そう。そんな星。ウルトラの星。それはつまりハヤタもダンも本作でのあの制服姿。筆者の目にはどうしてもしっかり英雄的戦死死者としてうつる。死者。聖人。伝説的存在。つまりいちはやく星になってしまってひさしい存在。その星たることを郷に人類に再確認させるためにいまこの世にふたたびあらわれた。坂田兄妹も制服こそきてはいないが立派な英雄的戦死だったのだ。なにかそれは潜伏キリシタンを正式におみとめにやってきたローマ法王をおもわせる。それは崇高であると同時にある意味とてもかなしいことでもある。なぜなら奇跡は慰問はいつも差別を無視を惨禍を前提としているからだ。本作もそんふうに。しかしだからこそ。坂田兄妹の英霊をしっかりと星へと昇華させることができたのもおなじ星たる初代とセブン。ハヤタとダンだった。ということがかたられているのではないだろうか。かなしみはかなしみでこそこえうる。結果。郷の魂は浄化された。最終回。次郎くんはウルトラの星がみえるようになる。そのウルトラの星の郷自身による。みうしないと再発見。それこそが今回かたられているテーマなのではないだろうか。郷に自身をみせたい。ただそれだけのために初代もセブンもかけつけたのではないだろうか。たとえ亡霊であっても。そうじつは鎖をきったのはウルトラマン自身。それだけのことでありそれでよかったのだ。復讐心によってではなく奇跡とよぶしかないような神聖なるなにものかによっての世界の浄化。怪獣にたおれた初代とセブン。宇宙人に惨殺された坂田兄妹。彼らこそが郷の。そしてさらしものにされたウルトラマンをみせつけられた都民の。そしてテレビの前のよいこの。それら魂を浄化し地球をすくった。そんなふうにおもえてくる。じつは帰ってきたウルトラマン。ほぼ同年の東宝映画日本沈没にその心性すごくよくにている。かなしいけれどそこがなによりも感動的だ。十字架にみずからかかってくれたキリスト。のように。本作。クリスマスとか聖母的な女性のありようとかがあきらかにドラマに希望の色彩をあたえている。死と再生。クリスマスとはなんだろう。ふとかんがえさせられる。それは人間としてうまれおちた神をいわう日。でも神が人間としてうまれるということは人間としてしぬという運命をせおわなければならなくなるということでもある。クリスマスとはそういうかなしさきびしささえ内包した日ともいえるわけだ。郷はこのイブの夜。次郎を人類をまもるためしぬことを覚悟したのではないだろうか。ここで前回のあのショッキングな屋上からの投身自殺型変身ポーズも意味をもってくるのではないだろうか。あれがあきらかに肯定的なものだったと。最後にかなしさということでいえばみせしめひきまわしさかさはりつけのウルトラマンの姿にはなんともキリシタン迫害めいたものを筆者かんじざるをえないのだがどうだろうか。

2018年10月22日月曜日

ウルトラマン夕陽に死す

マカロニウエスタンのような非情さが全編をおおっている。たたかいにやぶれたウルトラマンがまるでみせしめのひきまわしのような格好で鎖につながれ上空を旋回させられている。まるで必殺仕置人をみせられているようだ。全体のノリもそれっぽく敵の宇宙人の人間体も特殊部隊のようだしクライマックスも危険物輸送などととにかくハードボイルドタッチでおしとおされている。土管やプレハブの点在するぬかるみの造成地。しずみゆく夕陽。そこでまるで中学生リンチ事件のようになぶりものにされるよわよわしいウルトラマンの姿はかなしいをとおりこして陰惨ですらある。坂田兄妹の惨殺シーンも度のすぎたドキュメンタリータッチで。いきなりはなねとばすし車からつきおとすもひっかかりしばらくひきずられる。シーゴラスべムスターとの戦闘シーンはとくに印象的だ。風がふきぬける音ばかりが耳にのこりこの世のおわりそのもの。そしてなんといっても坂田一家を病院にのこしでていくときの郷の表情。顔の片側だけにあてられた照明のなかで復讐にもえた狂気にもちかい目だけがギラギラとかがやいている。直後。屋上から投身自殺のようにして変身するシーンはもう涙なくしてはみれない。

2018年10月21日日曜日

吸血地獄

ドラマなのに突如バラエティのようになる番組ムー一族。バラエティ中の再現ドラマ。ならぬ。その逆をいっていて異彩だった。そこでおもいだされるのが。本作。さながらあの川崎さんと山本さんのアフタヌーンショー。実録。元外交官不審死その後。指名手配の養女はドラキュラの末裔だった。そんなかんじにもろアフタヌーンショー。司会は川崎さんならぬ的矢所長。そして現地リポーターが山本さんならぬ牧。野村は突撃カメラマンといったところだろう。本家ももともと特撮づいたキャスティングだったがどうだろう本家におとらずのワイドショーなキャスティングになっているのでは。あのニーナの吸血顔のどアップ。まさに野村カメラマン渾身のスクープ映像だ。このように本作。ワイドショー的な不思議な空気がいたるところに。ほかにも昨今の青少年薬物問題や当時廃止直後の売血制度をスタジオならぬ本部でディスカッションしたり。外交官妻つまりニーナの義母への訪問インタビューがあったり。ととにかくシュール。いったいなんなんだこの回は。いや怪奇大作戦という番組そのものも。でもそれも自然。おどろくにはあたらない。だって怪奇大作戦。ネタがなくなるとすぐに的矢三沢名コンビによる温泉旅番組に。それどころか。京都買います。などはjr東海のイメージビデオそのもの。

2018年10月20日土曜日

殺人音楽隊

犯人が死体をせおい山をのぼり渓谷から無慈悲に谷底へとなげすてる。この感覚がすきだ。たとえば。すると死体は下流へとはこばれそこで発見される。捜査は上流へとおよび谷底の不気味な村へとおよぶ。そんなふうにもなれるからだ。ところで今回もおもしろかった。なぜなら表面的には音楽ものにおもわれるが。じつは。定番の山岳殺人もの。だからだ。山には大学のワンゲル部の出先部室とか今回のように音の問題で街中では不都合な音楽部の練習室および楽器倉庫などがある場合がおおい。ほかには山中湖畔の音楽スタジオなど。はたまたアダルトビデオの屋外撮影隊とか。ここをじつにうまくついている。だから山岳殺人ものだといっているのだ。人里はなれた施設内でのこじれた人間関係からの殺人風景。その寂寥感がかなしい。アダムとイブから。えんえんつらなる。悠久の。ふかい。人間の原罪がみえかくれする。

2018年10月18日木曜日

扉の先

逆プラシーボ効果といったところだろうか。オチはみえみえなのできらくにかかせていただくこととしよう。薬も先入観で毒とかわる。そう。ただの移送を執行とかんちがいして発作でしんでしまう死刑囚たちの悲喜劇。たしかに単純なプロットではある。でも。それはそれとして。個人的に主人公役の役者なのだがアウトレイジの印象がつよすぎて本作もアウトレイジシリーズそのスピンオフとかにみえてしまう筆者。笑。死刑執行人役の温水洋一氏もとても不気味ないいかんじ。とにかく本作。個人的になんといってもすばらしいところは世にも奇妙な物語ならではのスタジオセットおよび美術につきる。どことなくヒョウキン族のセットにもつうじる演歌の花道チックな独特のやすっぽさ。わざとらしさ。ホラーというより志村けんのだいじょうぶだぁなコントを連想してしまう。だいじょうぶだぁ。先日もやっていたがとにかくセットがいい。つづいてほしい。だからこそよけいにシュールがかんじられ頭がよい意味で混乱しプチトリップさせてもらえるらしい。しかしそれよりなにより本作。ひさしぶりの個人的ライフワークジャンル。下水道映画の存在をおもいおこさせてくれたことに感謝。舞台設定まるで拘置所刑務所にはみえない。不思議な近未来強制労働水道施設のよう。だからこそよけいに屋内シーンのすべてが上記したセットの魅力のおかげもあって。とにかく不気味な下水道にしかみえない。そう彼ら坑内作業者っぽい。そこのところがホントすばらしい。ライフルをもった看守といい近未来ディストピアsfなかんじにあふれている。

2018年10月16日火曜日

留守番電話

女優の旧式のアンドロイドっぽさと留守番電話というやはり旧式のガジェットのとりあわせがマッチしていて妙なサイバーパンク感がある。とくにガード下の殺害やら公衆電話ボックスのきたなさがそれをあおっている。なにせ声を自由に何とおりにもかえられるなんてアンドロイドにきまっている。多重人格のサイコ女による自作自演それにひっかかった男の不幸なる。定番と解釈されている本作だがネタバレされてしまうとこのようにそういうとらえ方だけではおもしろさが半減してしまうようだ。なのでそっくりのアンドロイドとしてその後の展開を想像してたのしもう。ターミネーターのように。10分にもみたない超短編だからこそのたのしみ方だし普遍性ではないだろうか。

2018年10月13日土曜日

眠狂四郎 人肌蜘蛛

烏だらけの不気味な森をぬけ母の墓まいりにと寒村をおとずれる狂四郎。墓守の老人はかたる。里はあれはて民は奴隷化したと。その領主の居城。まさに硫黄谷の底ふかく崖にはりつくドラキュラ城かアッシャー家というおもむき。すむのは近親相姦めいた兄妹。兄はちょっとマッドサイエンティストな狂気の毒物マニア。界隈は毒か硫黄泉に汚染され。そのせいか気の毒にも妹のほうは血をみないと頭痛がするという謎の業病をやんでいる。まるでフランケンシュタインとあわれな女吸血鬼コンビである。ここまで脇が強烈だともはや主役はくわれ単独作番外編のおもむき。独立した時代吸血鬼ものとしてたのしめる。かなしい兄と妹の悲恋心中物語としてもかなり重厚だ。狂四郎は三角関係エロ相手役の狂言まわしへとよい意味でなりさがっている。本来のダークヒーロー大活躍な時代劇。本作に期待しないほうがよい。あくまでも怪奇映画としてたのしんだほうがよい。けれどただの怪奇でおわらないところが本作の。本シリーズの。市川雷蔵のすごさである。強烈なニヒリズムがすべてをのみこみ後味のわるさをすべてラスト一瞬のクールネスでふきとばす。ネタバレになるので一言。江戸からの隠密が鍵。

2018年10月9日火曜日

輪廻の村

30分にもみたないが起伏にとむスペクタクルな脚本は。まるでダイジェスト。逆に急展開ぶりが。スリリングかつシュール。なにげに主人公が絶叫美人風で大根なのも。b級ホラー的ポイントたかし。ところで本作なにより感心したのは村人の数のすくなさ。前世の復讐をちかった者が都会からひきつけられるようにまるですこしづつ飯場のようなこの村にあつまってきたのであろうことがしのばれる。その設定が実によい。輪廻の村というより殺人者の村のタイトルがにあいそうなほどにハードボイルド。すべてはあのあれはてるにまかせた墓地だけからはじまったのだ。墓石もなくまるで工事現場か造成地。そのなげやりなそのかわききった荒涼さが実に心地よい。そのおかげでしめった横溝くささがまるでなく。ゾンビ村やドラキュラ村のような風情に。

2018年10月6日土曜日

マタンゴ

欲求充足型社会か不安除去型社会か。目のない海亀の標本をみつけるシーンがある。方向感覚機能を喪失し本能がこわれた状態の。それは核実験の放射能の影響のサンプルだった。どっちが先なのか元なのかはよくわからないのだが。あの世界残酷物語。それに登場し卵をうんだ後。海へとかえれず陸側へ陸側へとさかのぼり太陽の熱で乾燥死してしまうあの海亀。あれと非常に酷似しているようで気色わるくも印象的。だから。海鳥さえさけてしまうようなこの島。なのに。このそんな奇形海亀だけは上陸そして産卵している。その不気味さ。更にそんな海亀の汚染卵を平気で食し。それどころか高額で取引までしてしまう船員くずれ。船員のこの生へのリアルへの執着の描写はすごい。そしてそのリアルな船員くずれと女をうばいあう事になるのが。ドリーミーな流行推理作家。このチーマーとオタクのような対立の図式。それはそのままベトナム志願兵かヒッピーか。更には核戦争派かドラッグ宗教派か。今でいえば。リア充かネトゲ廃人か。311をふまえると。原発ジプシーかラノベ作家か。そのどちらに人類の将来をみるかにつながっていそう。結果として。船員はいちはやく銃弾にたおれ。作家はやはりいちはやくマタンゴの虜に。いかにも象徴的かつ対照的な誰よりもはやい二人の最期だった。しかしそれよりも何よりも誰よりも。唯一の生存者かたり手である新進気鋭の若手イケメン心理学教授。彼のラストでのあの顔。放射能の影響なのかマタンゴ胞子の影響なのか。が一番こわい。現代人の内面の真の姿をつきつけてくる。本作。東宝変身人間シリーズ番外編とされているが。むしろ。日本沈没ノストラダムスの大予言そんな東宝トンデモ絶望sfハチャメチャ終末パニックサバイバル路線。その大元祖大原点。

2018年10月4日木曜日

クモ男爵

蜘蛛にかまれた娘は気がふれてしまい森の奥ふかくおどりながらまよいこみ底なし沼にはまってしんでしまった。やがて娘はよみがえると沼からはいあがるも既にその姿はおそろしい蜘蛛へと変化していた。かなしみのあまり気がふれた父親は蜘蛛の娘とくらすうちに。みずからもすこしづつ蜘蛛へと変化していったのではないだろうか。沼は超自然的な能力をゆうする。魔としてえがかれているのではないだろうか。その霧の成分が人をして狂気たらしめ死者をして蜘蛛に変化せしめる。以上をしっかりふまえると。本作。登場人物達のその後がひどく気にかかる。たしかに蜘蛛は退治され無事にげのびたにはにげのびた。でも沼におちた二人にはしっかりと沼の毒がすくなからず影響していたそれをわすれてはならない。一人は熱にうかされ。もう一人は意識なくオカリナをふきつづけた。そうではなかったか。ここには。さいわい一時的ではあったが。沼の。人を狂人たらしめる能力がしっかりとあらわれていたといわざるをえない。それだけではない。蜘蛛にかまれたとも推察できる詩人。彼のその後となるともっと気にかかる。彼は後に蜘蛛へと変化したのではないだろうか。もしかしたら灯台で所員をおそった蜘蛛は彼なのではないだろうか。冒頭だけ現在事象で。タイトルあけからはその蜘蛛になった彼が。蜘蛛の脳で。今の蜘蛛の身の上をうれい。きっかけとなった過去の事件を回想したそういう描写だったのではないだろうか。もしそうだとするとこれはこわい。